君の思いに届くまで
あの夏の記憶は狂おしいほどに愛し合った記憶だけれど、それと同時に深い悲しみと傷も背負ってる。

そんな記憶よりも、今こうして再会し、新しい私達の関係を築く方が幸せなんじゃないかって。

昨日の夜、琉の家で一人ベッドに入りながらそんなことを考えていた。

琉にとって幸せなのは、あの日の記憶を取り戻すこと?

「俺は、きっとヨウを苦しめているんだろうね。いずれ思い出すからもう少し時間がほしい」

正面を見据えたまま、琉は固い表情で言った。

何も言えないまま、車は動物園に到着した。

早めに出発したこともあってか駐車場はまだ空いていた。

今日はお天気もいいから、すぐに駐車場も満車になってしまうだろう。

「行こうか。動物園なんていつ以来だろう」

琉の表情が柔らかくなったのを見て少し安心する。

その時私の手がすっと握られた。

繊細で長い指が私の手をしっかりと掴んでいる。

顔が熱い。

私の握られている手はどうしていいかわからなくて、その手を握り返すこともできなかった。

琉に手を繋がれたまま動物園に入る。

目の前にはフラミンゴの群れが現れた。

「いきなりフラミンゴとは、斬新だね」

「そう?」

そんなことを言う琉に思わず吹き出した。

「その斬新さ、俺は嫌いじゃないけどね」

琉は私の方を見て、優しく微笑んだ。

動物園は、私達みたいな大人のカップルは一人もいない。

だけど、自分達が違和感を少しも感じないくらい二人で楽しんだ。

琉は自分が興味のある動物の檻の前ではかなり長い時間観察していた。

そして、私に動物の知識を披露してくれる。

まるでガイド付きの動物園みたいでお得感があると琉に言ったら、おかしそうに笑っていた。

こうやって出会った二人が、また恋に落ちるってこともあるかもしれない。

過去の記憶はなくたって構わないんじゃない?

過去より未来が大事。

本当にそう?

琉と目を合わせて笑い合う度にそんなことを自問自答し続けていた。





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