君の思いに届くまで
私にその書類を手渡すと、

「それにしても、君みたいに若い女性が俺の秘書なんて想像していなかったよ」

と私の目を見て笑った。

「そんなに若くもありませんけど」

「そう?俺よりは随分若いだろ」

「それは、そうかもしれませんが」

あれから5年経った今、琉は35歳だ。そして、私は28歳。

初めて琉と出会った時の琉に随分と近づいた年齢だということに気づく。

作業の手を止めずに書類をファイルに挟んで書棚に入れいく。

「峰岸教授はイギリスから日本に来られたんですよね」

思い切って尋ねてみた。

「ああ。ロンドンに住んでいたんだ」

「こちらにはどうして?」

琉が顔を上げて私を見た。

「色々あってね。イギリスで一緒に住んでいた両親も亡くなったから一度母国に戻ってみようかと思ったんだ。幼い頃から向こうに渡っていたから日本の生活はほとんど知らないのでね」

ご両親亡くなられたんだ・・・。

「俺が働いていたO大で親しくしていた教授が以前こちらの大学でお世話になっていたこともあって、英文科に空きが出たって紹介してもらったんだ。きっとその空きになる前におられたのが、君が秘書を担当していた教授になるんだろうか」

「・・・はい」

私は次の言葉を続けていいのか迷っていた。

迷っているというよりは言い出す勇気が湧いてこないっていうのが本音だったけれど。

「あの、峰岸教授」

「ん?」

琉は書類を仕分けしながら私の声に反応する。

「私も5年前、イギリスのヨークに留学していたんです」

その言葉をなんとか吐き出した。

胸が異様に拍動している。

思い出してほしい。

どうか、少しでも。

祈るような気持ちだった。
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