君の思いに届くまで
「瑞波ヨウ、です」

紅茶を琉の前に置きながら答える。

「瑞波さんだね。もう覚えた。瑞波さんのように勘のいい人が俺の秘書をやってくれるのはとてもありがたいよ。これからも頼む」

琉が私を見上げる。

その顔はさっきよりも近くて、その薄茶色の瞳がまともに私の目に飛び込んできた。

顔がかーっと熱くなり、呼吸をするのも苦しいくらいに胸が激しく鼓動を打つ。

私は慌てて一礼するとその場から離れた。

ダンボールの前に座り、呼吸を整えながら再び作業に取りかかった。

今は琉の視線を逃れて、琉のことを頭から取っ払って何かに夢中になっていないとどうにかなりそうだったから。

「瑞波さんも少し休憩しないか?そんな最初から根を詰めすぎると後がもたないぞ」

紅茶をゆっくりと飲みながら琉は穏やかに言った。

「瑞波さんのことも色々と知りたいし」

顔を上げた私の目線の先には、妙に落ち着いた表情の琉がじっとこちらを見つめていた。

私のこと色々知りたい?知ってどうなるっていうの?

すっかり私のことなんか琉の思い出の欠片ですら残ってないのに。

話をすればするほど私が辛くなるだけだった。

だけど、今は琉の一秘書。

一緒に休憩をとりながら、コミュニケーションを取るのも大事な仕事だとわかっていた。

「じゃ、少しだけ」

私は琉から視線を外して立ち上がり、自分のお茶を入れた。

琉のデスクから離れた位置に折り畳み椅子を広げて座る。

「もっと近くに寄れよ。そんなに離れた場所じゃ瑞波さんの声が聞こえない」

琉は足を組み直しながらおかしそうに笑った。

「でも、」

どうしていいかわらかない私を目を細めて見つめると、

「じゃ俺がそちらに行こう」

と言って立ち上がり、私のすぐ隣に自分の椅子を引き寄せて座った。

え??

そんな近くに来る??

張り詰めた自分の気持ちと緊張した体が最高潮になる。

変に力が入りすぎて背中が痛い。

「瑞波さんは、大学を卒業してからずっとこちらで秘書をやってるの?」

「はい。っていうか、どこにも就職しないでぶらぶらしていた私を前教授が拾って下さったっていうか」

「そうなんだ。で、留学もその教授の斡旋かな?」

「その通りです」

私は振るえる手で紅茶を口に運ぶ。

「瑞波さんも紅茶好き?」

「はい」

「じゃ、ヨークではカフェにはよく行ったのかな」

カフェ。

初めて琉に連れていってもらったカフェは、とんでもなく素敵で、おいしくて、夢みたいな空間だった。

私は琉に頷きながら、琉と初めてカフェに訪れた日の事を思い出していた。

あの日・・・例え琉が忘れてしまっていたって私は一生忘れられないような琉との時間。




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