君の思いに届くまで
扉の向こうは下に続く石畳の階段が続いている。

階段の下には大きなホールのようになっていて、所狭しとテーブルが並べられお客で埋め尽くされていた。

階段を降りながら洞窟に引き込まれるような不思議な空間に圧倒される。

天井が高いせいか、人々の笑い声やお皿がふれあう音が反響してBGMのような役割を果たしていた。

「すごいです」

後ろからついてくる琉の方を向いて言った。

言ってしまった後、こんな稚拙な表現しかできない自分が恥ずかしくなる。

ホールにおりると琉はすぐにそばにやってきた店員に自分の名前を告げた。

店員は「オッケー」と頷きながら親指を立てるとそのまま座席に案内してくれた。

「まさか、予約して下さってたんですか?」

「うん。ここいつも夜はいっぱいなんでね。とりあえずさっき予約入れといた」

ひょっとしてさっき庭から姿を消していたのはそういうことだったの?

あんなにひっきりなしに色んな人と話しながらも私との予定をちゃんと覚えてくれていたことに感動する。

琉の頼りがいのある大きな後ろ姿を見つめながら。

テーブルを挟んで向かい合わせに座った。

テーブルはあまりにも小さくて、想像以上に琉の顔が近くてドキドキする。

唯一、薄暗い店内がありがたかった。

「ここはお酒も飲めるんだけど、とりあえずこの店で有名な紅茶とチョコケーキのセットを食べてみる?」

「はい!」

琉の言われるがまま即答する。

それにしても、チョコケーキ?

イギリスは結構お砂糖じゃりじゃりなイメージがあるから頼んだことなかったケーキだ。

琉が頼むと、ほどなくして紅茶とケーキが私達の間に置かれた。

ケーキはシンプルな四角いケーキで、横にホイップクリームとラズベリージャムが添えられてあった。

「日本人にはちょっと甘めだけど、紅茶との相性が抜群だよ」

私はケーキをフォークで一口サイズに切ってホイップとジャムを付けて口に入れた。

ほんのり甘酸っぱいジャムの香りが口に広がる。

ホイップの甘さは感じなくてそのふわふわの食感とビターチョコが混ざり合った。

「おいしい」

一口食べてその繊細な甘さに感嘆の声が漏れる。

琉はそんな私を嬉しそうに見つめていた。

琉の言うようにそのケーキと紅茶はとても相性がよかった。

「俺さ、コーヒーが飲めないんだよね。つくづく今いる場所が紅茶の国イギリスでよかったって思うよ」

「コーヒーだめなんですか?珍しいですよね」

「そうだね。職場の連中も俺の友人達も皆コーヒー飲むからね。コーヒーは飲めなくはないんだけど、飲むとなんていうか胃の辺りがムカムカしちゃうんだ。体質かな」

そう言いながら琉は紅茶を一口飲んだ。


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