君の思いに届くまで
琉はようやく顔を上げて、私の目をまっすぐに見つめた。

ひょっとして、思い出した?

私はその目をしっかり見つめ返す。

「君とは」

「はい」

「どこかで会った?」

その薄茶色の目は、以前の私の知ってる琉の目ではなかった。

何かに迷い、彷徨っているような目。私の知ってる強い輝きを放った目ではない。

琉は漠然とどこかで会ったことがあるような気がしただけなんだ。

私の事はきっとまだ何も思い出していない。

ぐっと胸が締め付けられてうつむいた。

私と離れたこの5年の間に琉の身に一体何があったの?

聞きたくてしょうがないけれど、聞いたらきっと一層琉を傷付けるような気がした。

「イギリスに留学している時、ひょっとしたらどこかですれ違ったかもしれませんね」

私はうつむいたままかすかに笑った。

情けない気持ちを押し殺しながら。

きっとこれは神様が私達に与えた罰なんだ。

マミィが言ってたように、誰かを傷付けて幸せになってもそれは本当の幸せではないっていう。

「・・・ヨウ?」

それは突然だった。

琉の瞳が一瞬だけ以前の輝きを取り戻す。

「俺は以前、君のことをヨウって呼んでた?」

「え?」

嘘。

私のこと思い出してくれたの?

全部?あのロンドンでの日々全部??

「私のこと、思い出してくれたんですか?」

全速力で走ったみたいに息が上がっていた。

胸が激しく鼓動を打っている。

「ごめん、俺の記憶断片的なんだ。時々、本当の記憶なのか虚構の記憶なのかわからないようなイメージがふいに頭に浮かぶ。君のことヨウって呼んでいたような気がしたんだけど、本当にそうだったのかな・・・」

一体どういうこと?

目を大きく見開いて見つめる私からそっと視線を落とした琉はとても悲しそうだった。

「私は、峰岸教授のこと全部覚えています」

「俺の事全部?俺は君の事・・・」

「いいです。私のこと覚えてなくても。一体、どういうことなんですか?」

琉から言われる前に自分から先に言った。

その方が傷つかないと思ったから。

「秘書である君には一応きちんと説明しておいた方がよさそうだ」

琉は長いため息をつくと椅子に深く座り直した。




< 26 / 130 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop