君の思いに届くまで
「お怪我はされていませんか?」

低音の澄んだ声が私の前に響いた。

顔を上げると、誰かが私に手をさしのべてくれている。

「あ、すみません、大丈夫です。」

一瞬その手をつかみかけたけど、一応遠慮した。

・・・のに。

その手は私の手首を優しくつかむと、私の体を軽々と引き起こした。

私の目の前には、限りなく黒に近いグレーのスーツ。

まさか、例の教授?

ドキドキしながらスーツを見上げた。

「どうも。今日からこちらでお世話になる峰岸琉です。」

いつの間にか私の手首をつかんでいた彼の右手は私の手を握っていた。

峰岸・・・琉?

色素の薄い茶色い瞳。

日本人離れしたすっとした美しい鼻。

さらさらの茶色っぽい髪。

その人は、私に微笑んでいた。

まるであの時みたいに。

「み、峰岸教授?あなたが?」

声がうわずっていた。

だって。

「初めまして。君は僕の秘書になってくれる女性かな?名前は?」

彼はにこやかに、何の悪びれた風もなく尋ねた。

まさか、私のこと覚えてない?

完全に記憶から消えてしまってるようなその彼の表情に、未だ現実味がなかった。

私が何年も会いたいと願っていた人が目の前にいるのに。

きっとこれは何かの間違いだ。

この峰岸琉は、私が知ってる峰岸琉じゃない。

そう思わないと、体中が震えて自分がどうにかなってしまいそうな程に混乱していた。







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