君の思いに届くまで
その時電話が鳴った。

2年前の話をしようとするとなぜか横やりが入る。

だけど、半分その事実を知るのが恐い私の緊張して固くなった体の力がすーっと抜けていった。

軽くため息をついて受話器を上げる。

「はい、英文科・峰岸研究室です」

『庶務の山本です。恐れいりますが、今日着任の峰岸教授は今そちらに?』

あ、庶務の山本さんだ。

庶務の中では重鎮で、起こらせると恐い先輩。

思わず姿勢をピンと伸ばした。

「峰岸教授はこちらにいらっしゃいますが」

『教授に代わってもらえる?』

相変わらずつっけんどんな言い方に少しムッとしながらも逆らえない立場上心を静めて「はい、少しお待ち下さい」と伝えた。

「峰岸教授、庶務の山本さんからお電話です」

「庶務から?ありがとう。代わるよ」

琉はイスから立ち上がり私の手から受話器を受け取った。

私の目の前に琉が立っている。

長身の琉の顔を見上げた。

愛しい横顔が電話の向こうの問いかけに頷き、時折微笑む。

今すぐにでもその胸に抱きしめられたいのに、こんなにそばにいるのにできない。

琉だけど琉じゃない人。

「はい、すぐに伺います」

琉はそう言うと、静かに受話器を置いて私の方に顔を向けた。

ドクン。

薄茶色の目が私を見下ろしていた。

「ごめん、今朝庶務に提出してきた書類に不備があったらしい。すぐに行かなければならなくなったよ。ごめん、この続きはまた時間を作るよ」

「いえ、私の方は急ぎませんから大丈夫です」

急がない?

急いだって、何かが変わる訳じゃないもの。

私は琉のジャケットをハンガーから外し手渡した。

「ありがとう」

「とりあえず、このダンボールの中身だけ片づけちゃいますね。庶務の山本さんに掴まったら長いと思うので全部やっておきます」

私は少しおどけた調子で笑いながら袖を捲り上げた。

「ヨウ・・・」

私の笑顔を見つめながら琉はそっと呟いた。

ヨウと言われる度に心臓が跳ねる。

思い出してくれたんじゃないかって。

「じゃ、行ってくるよ」

「はい」

琉が出ていった扉がゆっくりと閉まったのを確認すると、今まで堪えていた涙が一気に溢れてきた。

ああ、駄目だ。

バッグからハンカチを取り出し目を押さえる。

肩が震える。

声が漏れそうになるのをぐっと堪えながらうずくまって泣いた。

まるであの雨の日、琉と初めて出会った時みたいに。
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