君の思いに届くまで
「恐いけど、時間だけは刻々と進んでいくんだよね。それが一層不安をかきたてるんだ」

「健?」

健が私の方に目線を向けた。

「俺、来月アメリカに転勤だって」

え?

「す、すごいじゃん!それって間違いなく栄転でしょ?ずっと海外勤務希望してたから夢が叶ったんじゃない?」

なのに、健は浮かない表情で私を見つめている。

「そうだったっけ。俺の夢・・・そんなこと言ったこともあったかもな」

「どうして?嬉しくないの?」

私はグラスに残ったビールを飲み干した。

「心配なんだ、ヨウのことが」

「私?あ、そうか。健が遠くに行っちゃったらこうやって会って相談できなくなっちゃうんだ」

言われて初めてそのことに気付く。

「なんだよ、甲斐がねぇな、全く」

健は口元をかすかに緩めると、私の頭をポンポンと叩いた。

「今日、浮かない顔してたのはそのせいだったの?私なら大丈夫だよ。何かあったら真っ先にメールするしさ」

「メール?いつまで俺頼る気だよ」

「だめ?」

健は何も言わず冷酒を口に含んだ。

「これもいい機会だし、琉の奴のことは俺なしで何とか自分で乗り切れ。で、もし、」

「もし?」

私はその続きが知りたくて身を乗り出した。

「もしお前がおばあちゃんになっても売れ残ってたら俺が迎えに行ってやる」

健の目が少し赤く潤んでいるように見えた。

そして、健の手が私の手を握る。

え?

・・・こんなこと、初めてだった。

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