君の思いに届くまで
あ、本当だ。

気付いたら涙が頬をつたっていた。

何て言えばいいんだろう。

こんなにも愛おしくて優しくされて嬉しくて、どうしていいかわからない涙だった。

「私、こんなに幸せな気持ちになったのって初めて。どうしていいかわからなくて泣いてるの」

「泣かないで、ヨウ。君の涙を見ているとすごく苦しい気持ちになる」

琉は悲しそうな目で私を見つめた。

そうだね。

涙は不安な気持ちを呼び起こす。

きっと、琉はフィアンセのことを思い出したんだって勝手に思っていた。

「琉のフィアンセは今どこにいるの?」

私はそばに近寄ってきた白鳥に目をやりながら聞いた。

どうして今、そんなことを聞いてしまったのかわからない。

聞かなくてもいいことなのに。

「聞きたい?」

琉も前を向いて答えた。

私は黙ったまま頷いた。

「彼女は今病院にいる」

「病院?」

「入院してるんだ。急に目を患ってね。手術は成功したんだけど、視力はかなり落ちている。今朝の霧のような世界に彼女は今いるんだ」

なんだかわからないけれどショックだった。

あの霧の世界?不安で恐くてたまらない霞んだ世界に琉のフィアンセがいる。

なのに、私は今こうして美しい世界を琉と2人で見つめていた。

胸が苦しくなるほどにドキドキしていた。

マミィの言葉が今更蘇る。

『誰かを傷付ける怖さをあなたは知らない』

そして、誰かを傷付けて自分が傷つく怖さも、まだ私は知らなかった。

「彼女がいるその霧の世界は、いつかは晴れる?」

琉は額に手をやると、首を横に振った。

「突然だったんだ。結婚の日取りを決めた時にその病に襲われた。進行がとても早くてね。手術でなんとか霧の世界まで治まったんだよ」

「フィアンセがそんな大変なのに、それなのに、どうして私と?」

「ひどいよね。わかってる。俺のしてることは罪だってことも自覚していて、それでもヨウを求める気持ちを止められなかったんだ」

私は琉の手に自分の手を重ねた。

「琉も辛かったのにそんなこと聞いてごめんなさい」








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