君の思いに届くまで
私はしばらく黙ったまま動けなかった。

「ヨウ、大丈夫?」

琉の声が静かに前から聞こえてきた。

その声に反応した私はゆっくりと顔を上げた。

薄茶色の瞳が悲しい光を落としていた。

「ヨウは、まだ俺との記憶を伝える気にはならない?」

どうすればいいのかわからなかった。

伝えたら、記憶の断片が少しは浮き出てくるんだろうか?

それとも全くの他人事として聞くだけなんだろうか。

「峰岸教授は、私の下の名前を呼んでたこと以外、何も思い出さないですか?」

琉は顎に手をやったままじっと私を見つめた。

あの日の時とは違う、普通に誰かを見ているような目で。

「ごめん。まだ、」

琉は小さくつぶやいた。

これだけ一緒にいる時間があるのに、やっぱり琉は私のこと思い出さないんだ。

小さくため息をついた。

「でも」

でも?

目だけ琉の顔に上げた。

「君の話している姿、君の話している内容、それからヨウの笑顔は最初から好きだった。きっと以前ヨウに対してとても好感を持っていたんじゃないのかなと思っている」

好感?

好感じゃない。

私は確かに愛されていた。

お互い狂おしい程に愛し合っていたのに。

「好感、ですか」

思わず呟いてしまった。

「すなまい。でも、ヨウのことはもっと知りたいっていう声が俺の奥底で聞こえるのは間違いないんだ。だから、教えてもらえないだろうか。ヨウと俺の関係を」

胸がドクンと大きく震える。

自分の勝手で黙っている琉との関係。

伝えるべきなんだろうか。
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