君の思いに届くまで
目の奧が熱くなる。

封印していたはずの気持ちも涙もとめどなく溢れそうで、気がついたら健に電話していた。

しばらく呼び出し音を鳴らしていたけれど出る気配がない。

きっと夜遅くまで仕事が忙しいんだろう。

電話を切ろうとした時、「もしもし」と健が出た。

「健?ごめん、忙しい時間に」

『いや、大丈夫さ。どうした?』

「ちょっとね、おセンチな気分になっちゃって。誰かと馬鹿話したくなっただけ」

『馬鹿話の相手が俺かよ』

健は電話の向こうで笑った。

「今、少しだけいい?」

『うん』

今は、誰かに琉のことを吐き出したかった。

そうじゃないと、自分が壊れていきそうだったから。

健に、琉との出会いから別れまでを一気に話した。

全て聞き終わった健は深いため息をついてしばらく黙っていた。

私は話し終えて、少しだけ自分の気持ちが楽になっているのに気付く。

この行き場のない気持ちを半分健に預けられたからかもしれない。

「ごめんね、こんな話聞かせて。でも、誰かに話さないとどうにかなりそうだったんだ」

『ああ、わかるよ。だからヨウはずっと浮かない顔してたんだな。ようやくその理由がはっきりして俺も安心した』

そんな優しい言葉が私の体を柔らかく包んでくれる。

「健のこと好きになればよかった」

『え?』

「健とだったらきっとこんな辛い思いはしなかったと思うから」

『今からでも遅くないぞ』

健は冗談なのか本気なのかわからないような声で言った。

「いつもありがとう」

泣きそうになって、必死に言葉をつないだ。

健に話せたことで、自分の何かが少し吹っ切れたような気がした。

それから私は少しずつだけど本来の自分を取り戻していく。

研究室での忙しい日々がその時はとてもありがたかった。
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