君の思いに届くまで
「琉は・・・」

思わずその背中に顔をくっつけたまま呟く。

「まだ気になるのね」

マミィは敢えて朗らかに笑った。

そんな明るい笑い声にホッとする。

「フィアンセとフランスに療養に行っていたけど、少しフィアンセの容態が落ち着いたから今はロンドンに戻ってきているわ。琉も大学のお仕事いつまでも休めないものね」

琉がイギリスに戻ってきてる?

しかもロンドンに?

一気に体中が熱くなった。

同じ国にいて同じ空気を吸ってるって思えるだけでこんなにも心が震える。

私の中にはまだ琉がいる。嫌って言うほどに。

「ヨウ、ロンドンに会いに行く?」

マミィは心配そうな目で私の方に顔を向けた。

マミィの背中から顔を上げると首を横に振った。

「行かないわ。もうこれ以上誰かを傷付けたくない」

「傷付く?フィアンセが?」

「フィアンセじゃなくて、琉」

「琉?」

私は大きく頷いた。

私とフィアンセとの思いに板挟みになって苦しむ琉の顔はもう見たくなかった。

そしていつかきっとその傷はフィアンセをも苦しめることになるような気がしていたから。

「そう。ヨウも成長したわね」

そう言いながら、少し寂しそうに笑った。

「1年前、私がロンドンに発とうとした時、誰かを傷付ける怖さをまだ私が知らないって言ってたよね。その時はその言葉の意味も重さも全くわからなかったけど今ならわかるわ」

マミィは、肩に置いた私の手を優しくポンポンと叩きながら頷く。

「それだけでも留学した甲斐があったのかしら?」

「それだけじゃないわ。マミィやダディに会えたこの地は私にとっては人生の中でもかけがえのない場所」

「ヨウならきっといいレディになれるわ。素敵な恋を待っていたらいい」

「そうね。待ってるわ」

私はそう言って笑った。
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