冷たく、熱い、貴方の視線
ファーストシーン?
「吉澤先生。助けてくださいぃぃぃ!」
「またですか」
吉澤先生のため息が静かな職員室に響き渡る。
ただいま夜の九時。この職員室には私と吉澤先生の二人きりだ。
他の先生たちのように早く帰りたいのは山々だったが、この案件をなんとかしなければ帰ることもできない。
となれば、もう吉澤先生に助けを求めるしか方法は残されていない。
それにしても、嫌みたっぷりにため息をつきましたね、吉澤先生。
でも、私は諦めません。だって、こんなの私一人じゃ絶対に無理です。
グッと手を握りしめたあと、私は意を決して吉澤先生を見つめた。
私、谷口美衣(たにぐちみい)、二十三歳。都内の男子高校に音楽の教師として赴任して一年。
まだまだ新米で、何もかもに戸惑いつつ日々を過ごしている。
新米教師としても戸惑うことは山ほどあるというのに、赴任した先は男子校。そう、男の園に放り込まれたわけだ。
男の子の扱いに慣れていない私にとって、この環境は辛すぎる。
なんせ、私は小中高大とすべて女子校で過ごし、男性に免疫などない。全くない、皆無である。
そんな私は、男性とお付き合いもしたことがなければ、男性とお話したこともほとんどない。
ないないづくしの私に、男子高校生は未知の生き物。宇宙人と同じだ。
それなのに、こんな仕事できるわけがない。でも、悲しいかな。これが仕事ですと言われればやるしかない。
目の前に座る吉澤先生は、私の教育係として校長先生が指名してくださった人だ。
もちろん男性教師である。
吉澤先生、三十歳。担当教科は数学だ。
聞かなくても「数学の教師ですよね?」とわかってしまうほど理系な雰囲気が漂っている。
シルバーのスクエア型の眼鏡をかけ、その奥にある瞳は眼光鋭い。
その視線を向けられただけで「ひぃ」と叫び声をあげてしまいそうなほどの威圧感がある。
真っ黒な髪は後ろになでつけられていて、ストイックな雰囲気の彼にピッタリだと思う。
毎日しっかりアイロンを当ててきたと思われるワイシャツはパリッとしていて、気難しそうな彼に似合う、隙のない装い。
近寄りがたいと思う人はたくさんいると思っていたのだが、生徒からはとても慕われている。
ああいう堅い雰囲気だけど、生徒たちのことをよく見ていることを生徒たちは気が付いているからだろう。
どうせなら、その視線を少しでも新米教師の私に向けてくれてもいいのに。吉澤先生は、相変わらず冷たい。
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