冷たく、熱い、貴方の視線
「じゃあ、直さないでこのままでもいいですかね!?」
「……直さないでいいとも言っていない」
「やっぱりですか」
残念。このままOKをだしてしまおうと思ったのに、やっぱりダメだったか。
へこたれる私に、吉澤先生は冊子を私に差し出しながら言う。
「まずは、生徒たちがどんなことを知りたいのか。そこを洗い出してから考えてもいい」
「!」
目から鱗だった。そうだ、まずはこの冊子を読む生徒たちに聞くというのも手である。
「ありがとうございます、吉澤先生。早速生徒にアンケートを取ってみます!」
アンケートの結果を見て、改良した方がいいと思うところは他の先生たちに頼って改稿していけばいい。
そうと決まれば、アンケート作りから開始だ。
頭を下げてお礼を言ったあと、吉澤先生から離れようとした。だが、それは叶わなかった。
「待ちなさい」
「え?」
吉澤先生に手首を掴まれた。こんなふうに吉澤先生が私に触れてきたことなど一度もない。
そうじゃなくても男性に触れられるなんて、今までの人生で数回あるかないかだ。
どうしてこんなことになっているのか、と目を大きく見開いて吉澤先生を見つめる。
「アンケートを取って、その後はどうするつもりですか?」
「え? えっと、生徒たちが知りたい内容を探ったあと、改稿が必要なページは直すつもりですけど」
「どうやって?」
「どうやってって……それは、他の先生たちにお願いして意見を出してもらおうかと」
これ以上は吉澤先生のお手を煩わせません。だから安心してほしい。
そういう気持ちで言ったのだが、目の前の吉澤先生はなぜか怒っている……!?
静かに怒る吉澤先生は、怖いなんてもんじゃなかった。
いつもクールすぎる吉澤先生のことを、怖いと毎回思っていた。だけど、あれは怒っていたんじゃないと今ならわかる。
だって、今、目の前にいる吉澤先生は本当に怖い。
ギュッと私の手首をより強く握りしめたあと、吉澤先生は口を開いた。
「君を指導するのは私だ。他の男に任せるつもりはない」
え? と声を上げた私は、次の瞬間。グイッと手を引っ張られ、吉澤先生の膝の上に座らされていた。
それだけでも驚愕してしまうのに、吉澤先生は私をギュッと背後から抱きしめてきたのだ。
「よ、よ、吉澤……先生?」
「君に厳しくするのも、助けるのも私の仕事だ」
「っ!」
言葉が出てこなくてパクパクと口を動かすしかできない。
もちろん、振り返って吉澤先生の顔を見ることなんてもっとできない。
紅潮していく頬を隠すこともできず固まっていると、耳元で囁かれた。
「甘やかすことも、君の気持ちを奪うことも……私の仕事だ」
「え、えっと……え?」
「わかったか? 谷口先生」
耳元でそう囁く吉澤先生の声は、今までに聞いたことがないほど甘ったるい。
耳が急に温かくなる。この柔らかい感触は……もしかして、吉澤先生の唇?
パニックに陥った私を、吉澤先生は腕の中から解放した。
「今日はここまで」
「よ、よ、吉澤先生!?」
慌てて彼の膝から飛び降りると、吉澤先生は余裕たっぷりにほほ笑んでいる。
スクエア型の眼鏡の奥。いつもは鋭い眼光なのに、今は……どこか官能めいた雰囲気がしている気が……
「早く落ちてこい、俺の腕の中に」
そう言って私を見つめる吉澤先生の顔をこれ以上は見ていることができなかった。
慌てて鞄を持つと、足早に職員室を飛び出す。
(何があったの……?)
未だに状況が把握できない私は、誰もいない校舎を走り抜けた。
「もしかして、吉澤先生……私のことを好き?」
自分で口にしたら、ますます恥ずかしさが込みあげてきて、困惑してしまう。
耳に残る甘い声と感触のせいで、ますます混乱の縁に追い立てられながら……私はただ、走ったのだった。