瞬くたびに
「これも買ってきたんです。風邪にはリンゴかなと思って。食べますか?」

「いや、今はいい……」

「そうですか。じゃあ、小さく切って冷凍しておきますね。すっごく美味しいんですよ。シャーベットみたいになるんです。明日の朝にでも食べてください」

今お水持ってきますから、薬を飲んでくださいと言ってまたバタバタと走っていってしまう。

静かな空白を埋めようとしているのか、結々はさっきからずっとしゃべり通しだ。

次々に出てくるものに、これを全部買ってきてくれたのかと葵は驚いていた。

薬を飲んでまた体を横たえた葵の肩まで毛布を引き上げると、結々は部屋の電気を消した。

カーテンの隙間から差し込む月の光が、暗い部屋をほの白く浮かび上がらせる。

「じゃあ先輩、お大事にしてください。鍵はポストに入れておきますね」

そのまま玄関へ続くドアを開けようとした時、背中越しにかすれた声が届いた。

「鈴本さん」

結々は驚いて振り向いた。

葵が記憶をなくしてから、結々が彼に名前を呼ばれるのは初めてだったのだ。

見舞いの時名乗りはしたものの、あまりに葵が無反応だったから、もう忘れてしまっているのではないかさえと思っていたのに。

「先輩?」

毛布のこすれる音がする。

「全然お礼を言っていなかったから。ごめん。いろいろありがとう。看病と、あと、ご飯を持ってきてくれたことも」

初めて、自分へ向けられた言葉。

それが嬉しくて、そしてびっくりして、結々はその場に立ったまま言葉が出てこない。

「鈴本さんは俺の大学の後輩なんだっけ」

「はい」

「四年後の俺ってさ、どんななの」

 結々は葵のベッドの横まで行くと、そっと腰を下ろした。

床がひやりと冷たい。

彼のベッドに背中を預けて、結々は考える。
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