瞬くたびに
「そうですね、先輩は優しくて、物静かで……それで、写真が好きです」

「写真、続けてたんだ」

ほんのりとした暗がりに静けさが降りる中、二人のささやきあうような声だけが、空気を小さく震わせている。

「いつも写真を撮っていますよ。出かけるときはいつも」

「そうか……」

暗闇は二人の視界を隠して、お互いに姿が見えないからか、響く声もいつもより素直で優しい。

さっきまでの居心地の悪い静寂とは違い、結々は言葉と言葉の間に訪れる静けさにそっと寄り添っている。

「鈴本さんってさ」

「はい」

「俺の彼女なんだよね」

いきなりの台詞にはっと息をのむ。

「事故の日に、要がそう言ってたから」

後ろに眠る葵の表情は見えないが、抑揚のない声は落ち着いた響きを持っている。

言葉を探して黙ったままの結々であったが、その耳に葵の静かな声が届いた。

「そうか……じゃあ四年後の俺は、もう立ち直ったんだな」

違う、と思わず口にしかけて、結々はそのままひざを抱えてそこに顔をうずめる。

「未来の俺は、鈴本さんを好きなんだ」

違う。

四年後も、葵は立ち直ってなどいなかった。

結々のことを好きなんかじゃなかった。

けれどそう口に出してしまえば涙に声が震えそうで、結々は黙って唇をかみしめているしかない。

本当のことを伝えてしまえば、きっと葵は自分に別れを切り出すのだろう。

そうしたら彼女でもない自分はもう、葵の傍にいることは出来なくなってしまう。

そして葵は一人、暗く寂しい自分の殻に閉じこもってしまうのだ。

葵を一人にしたくないという思いも、そして嘘をついてでも葵との距離を手放したくないというずるさも、どちらも本当の気持ちだから、結々はこう言ってしまう。

「はい。夏休み前に私が告白して、それで付き合い始めたんです」

それはすべて本当で、そしてすべてが嘘の言葉だった。
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