瞬くたびに
葵の事故直後にはぎこちなかった会話も、テンポがよくなってきたと思う。

笑いのタイミングや話の切り出し方もパズルのピースが合わさっていくように揃ってきたし、ドキドキと鳴る心臓の鼓動も会話の邪魔をすることはなくなった。

二人の間を阻むこわばっていた空気が、徐々にほぐれて柔らかくなってきたのがわかる。

けれどそれは、結々の嘘をもとにして作り出されたものだ。

もし結々のついた嘘がばれたら――葵の記憶が戻ったら、この暖かな距離は崩れてなくなってしまう。

流れていく景色を見ながら、結々はそんな予感めいたものを胸に感じていた。

「鈴本さん、見て。海が見えてきた」

葵が少し声を弾ませる。

見れば、遠くに建ち並ぶビルの間から、きらきらと青い輝きがこぼれ出していた。

降りる駅のアナウンスが流れて、荷物を持って立ち上がる。

降り立ったところは小さな山小屋みたいな無人駅で、青空の下にさらけ出された線路がどこまでも遠く続いていた。

「ここから、少し歩くんだ」

駅の短い階段を降りると、すぐ目の前にはアスファルトの道がまっすぐ伸びていて、両脇にある家の間をゆったりと下り坂になっている。

葵に続いて、結々も歩きだした。

「ここね、割と実家の近くなんだ」

「そうなんですか」

葵に追いつこうと小走りになる。

横に並ぶと、揺れた手が軽くぶつかった。

二人が普段一人暮らしをしているエリアから離れたそこは、閑静な住宅街だった。

遠くから吹く潮風に、並んだ家の白い壁が洒落た雰囲気を出している。

金色の光が降り注いで、あたりをまぶしいほどに照らしていた。

吹きつける風に体は冷えるが、日なたを通るたびに、淡い暖かみがその冷たさをふわりと覆う。

「あ、ほら、あそこ。……海」

顔を上げると、緩やかに折れ曲がった道の向こうに海が広がっている。

横を見ると、葵は澄んだ瞳で静かに遠くを見つめていた。

葵はこの道を、何度も通ってきたのだろう。

晴那と肩を並べ、あの写真の数だけ笑いながら。

四年という空白の時を経て、ついこの間まで自分の時間にはいなかった女の子を連れて、今彼は何を思ってこの景色を眺めているのだろう。
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