セルロイド・ラヴァ‘S
愁一さんの家に自分の物を置く。・・・それもどこか馴染んでいない。
洗面台に買ってきた歯ブラシとプラスチックのコップを並べ、化粧品類を収めた小さめのボックス籠を洗面ボールの下の収納に置かせてもらう。

服はウォークインクローゼットにスペースを設けてくれて、シャツやスラックスが掛けられてる端に女性ものがハンガーに吊るされてる。・・・こんなに存在感を主張しちゃっても構わないのかしら。

逆に妙な心配が湧いたくらいだ。彼ほどの容姿の持ち主なら相手はいくらでも見つかる筈なのだし、私に飽きることは考えたりしないんだろうか。

「片付け終わった?珈琲淹れたからおいで」

柔らかい笑顔で顔を覗かせた愁一さん。目を見れば嘘のある人は見分けがつく。このひとは不思議。嘘が無いのに捉えどころがない。


リビングに戻ると愁一さんはソファに腰かけて私を待っていた。ローテーブルの上にはカップが二つ。最近の珈琲マシンは性能が良くて楽だからと、私室ではふつうに市販の製品を愛用する。カプセルを買えば抹茶やココアのラテも出来るそうだ。

「睦月用にバリエーション増やしておくよ」

なんか。今まで歳上といってもせいぜい3つ上の人しか付き合ったことがないけれど。8年ぐらい差があると甘やかされ方の質が違うというか。包容力の差・・・なのかな。全部をふんわり包み込まれて抜け出せなくなりそうな居心地が・・・少し怖い。
 
「そう言えば睦月は仕事で引っ越してきたんだったね。実家は遠く?」 

ふいに思い出したように彼から訊ねられた。私はカップをソーサーに戻して小さく笑む。

「そんなでも。県内だし電車とバスと歩きで1時間ぐらい」

「よく帰るの?」

「結婚してた時もお盆とお正月くらいだったし、今もそんな感じかな」

離婚した娘がしょっちゅう出入りしてもご近所の手前もあるんだろうし。内心で溜め息。体裁を気にする人間だから、うちの両親はそろって。

「愁一さんのご実家は?」

反対尋問。

「僕はけっこう早くに親を失くしたからね。中学生の頃から叔母が母親代わりをしてくれてたんだ。だからここが実家みたいなものかな。店を継ぐことにしたのも恩返しのようなものだし」

「・・・そうなんだ」

「家族はもう無いけど友人にも恵まれたしね、お店に来てくれる常連さんもいる。独りだって思ったことはあまり無かったよ」

そう言って愁一さんはやんわりと笑った。
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