セルロイド・ラヴァ‘S
愁一さんにもラインで伝えた後は、気もそぞろで仕事には集中できなかった。羽鳥さんならあるいは断らないだろうという気もしていた。
普通はこんな一方的な申し出を受ける人なんている訳がない。彼にしてみたら売られた喧嘩を買う的な心情が働くだろうと。それぐらいの見当がつく程度には、羽鳥大介と言う人間を知っているつもりだ。
却って愁一さんが何を考えているかの方を計りかねて、心が重たい。羽鳥さんと会って一体なにを話すつもりなのか。・・・どうしたいのか。
5時を過ぎ、営業さんがぽつぽつ戻ってき始めると。羽鳥さんがいつ戻るかと妙に気になって仕方がなかったけれど、6時近くに帰って来た彼とは特に会話することもなく。私は6時45分の定時でいつもどおりに退社したのだった。
待ち合わせの7時半まで、駅ビルの書店や近くの100円ショップで時間を潰して待つことにした。クリスマスとお正月が一緒に並んでいるような、あちこちのディスプレイにもう一年が終わるのかと肩を竦めたくなる。
今年はその瞬間(とき)を、新年を、愁一さんと迎えられるだろうか。ぼんやり思う。愛してると云ってくれたけれど、どうしてかそんな細やかな未来さえ覚束ない。何が不安で何に自信がないんだろう。思わず溜め息が零れて。
今日はそれどころじゃないんだし、しっかりしなさい。自分に言い聞かせながら気を紛らわせようとゆっくり、店内を回った。
時間の10分前には駅の階段下に立ち、緊張の面持ちで下りてくる人波に視線を走らせて羽鳥さんを探す。急に気を変えて断ってくれる方がどれだけ楽か。本気で胃が引き攣りそう。もうそろそろかなと思っていたら、見慣れた背格好のコート姿が目に入って、向こうもこっちを見つけてくれた。
「・・・お疲れ様です」
目の前に立った彼にぎこちなく笑む。
「お疲れ。今までどこにいたの?時間潰すの大変だったろ?」
冷たい夜気に寒そうに首を竦め、羽鳥さんは私を気遣う。
「本屋さんとか適当に見てたので。・・・こっちこそすみません、仕事終わりに」
申し訳なくて小さく頭を下げた。
「気にしすぎ。それとも断った方がよかった?」
見上げると目が合ってクスリと笑われた。
「そんな勝ちを譲るような真似、俺はしないけどな」
「・・・だと思いましたけど」
「分かってるならなに泣きそうな顔してんの。キスしたくなるだろ?」
冗談めかした軽口に、ほんのちょっと気が楽になり。
「こんなとこでしたら一生口ききませんよ?」
「こんなとこじゃなきゃ良いんだ?」
「そんなこと言ってません」
「言ったよ」
悪戯っぽく傾げられた視線に、吐息交じりに笑みだけ返して。
ようやく気持ちに余裕も出てきた私は「・・・じゃあ行きましょうか」と羽鳥さんを促し、歩き出した。・・・愁一さんが待つ場所へと。
普通はこんな一方的な申し出を受ける人なんている訳がない。彼にしてみたら売られた喧嘩を買う的な心情が働くだろうと。それぐらいの見当がつく程度には、羽鳥大介と言う人間を知っているつもりだ。
却って愁一さんが何を考えているかの方を計りかねて、心が重たい。羽鳥さんと会って一体なにを話すつもりなのか。・・・どうしたいのか。
5時を過ぎ、営業さんがぽつぽつ戻ってき始めると。羽鳥さんがいつ戻るかと妙に気になって仕方がなかったけれど、6時近くに帰って来た彼とは特に会話することもなく。私は6時45分の定時でいつもどおりに退社したのだった。
待ち合わせの7時半まで、駅ビルの書店や近くの100円ショップで時間を潰して待つことにした。クリスマスとお正月が一緒に並んでいるような、あちこちのディスプレイにもう一年が終わるのかと肩を竦めたくなる。
今年はその瞬間(とき)を、新年を、愁一さんと迎えられるだろうか。ぼんやり思う。愛してると云ってくれたけれど、どうしてかそんな細やかな未来さえ覚束ない。何が不安で何に自信がないんだろう。思わず溜め息が零れて。
今日はそれどころじゃないんだし、しっかりしなさい。自分に言い聞かせながら気を紛らわせようとゆっくり、店内を回った。
時間の10分前には駅の階段下に立ち、緊張の面持ちで下りてくる人波に視線を走らせて羽鳥さんを探す。急に気を変えて断ってくれる方がどれだけ楽か。本気で胃が引き攣りそう。もうそろそろかなと思っていたら、見慣れた背格好のコート姿が目に入って、向こうもこっちを見つけてくれた。
「・・・お疲れ様です」
目の前に立った彼にぎこちなく笑む。
「お疲れ。今までどこにいたの?時間潰すの大変だったろ?」
冷たい夜気に寒そうに首を竦め、羽鳥さんは私を気遣う。
「本屋さんとか適当に見てたので。・・・こっちこそすみません、仕事終わりに」
申し訳なくて小さく頭を下げた。
「気にしすぎ。それとも断った方がよかった?」
見上げると目が合ってクスリと笑われた。
「そんな勝ちを譲るような真似、俺はしないけどな」
「・・・だと思いましたけど」
「分かってるならなに泣きそうな顔してんの。キスしたくなるだろ?」
冗談めかした軽口に、ほんのちょっと気が楽になり。
「こんなとこでしたら一生口ききませんよ?」
「こんなとこじゃなきゃ良いんだ?」
「そんなこと言ってません」
「言ったよ」
悪戯っぽく傾げられた視線に、吐息交じりに笑みだけ返して。
ようやく気持ちに余裕も出てきた私は「・・・じゃあ行きましょうか」と羽鳥さんを促し、歩き出した。・・・愁一さんが待つ場所へと。