セルロイド・ラヴァ‘S
「・・・ずい分な言い様だな?」

羽鳥さんの冷静な声がした方に意識を引き戻されて。そして愁一さんへとゆるゆる眼差しを向けた。目を細めて深く私を見つめる眸には甘さも優しさも消え、容赦なく躰を追い詰める時と同じ気配が滲んでいた。

「言ってることが案外メチャクチャだって自覚あるか?」

冷静さに怒りが籠もった口調で羽鳥さんは愁一さんに視線を眇める。

「こいつにそんな真似が出来るかどうかくらい分かってるだろ」

「僕は君との関係を睦月に強要してはいないよ羽鳥君。・・・したい訳でもない。ただどうすることが僕と睦月にとって最善なのか分かって言ってるつもりだ」

やんわりと、けれど切っ先を相手の喉元に突き付けて退かない。そんな確信を愁一さんは放っていた。少しずつ。・・・少しずつ。彼が言った言葉を脳が咀嚼し始める。


『私は愁一さんのもの』

でもいつか。その“檻”は私を窮屈にして飽きさせるかも知れない。
目を盗んで抜け出そうとするかも知れない。
 
手に入れてしまった途端。人は次を求めて貪欲になる。
手に入れたものに執着しなくなる。
それが男と女の性(さが)。

『だから』
 
不完全なままでいればいい。
最後まで手に入れずに焦がれ、求め続ければいい。
その刹那を愛して繋げてゆけば。

その時に望むものが手に入る。
あるいは永遠と呼べるものが?

・・・ああ。愁一さんと私は良く似ている。 

『ただもう二度と失いたくない』

その為に足首にひもを巻き付け合って自由を差し出す。そんな臆病なところがとても。


愁一さんはベッドで完膚なきまでに私を征服する。自分のものだと刻み服従させる。けれどそれ以外はオブラートに優しく包(くる)まれて、束縛も命令もない。私のすべてを本気で手に入れたいのか・・・どこか計りあぐねた。その反面。

“このひとも私の全てを手に入れてしまったら、もう要らなくなるのかも知れない。別れたあの人のように”。・・・臆病が辿り着いた『真実』。


彼も私も。欲しいのは誠実な愛でも身を焦がす情熱の愛でもない。
互いを求め続けるために・・・『埋まらない』愛を探してた。

埋まるまで。私と貴方は離れることもない。
手に入れた刹那を愛しながら永遠に。
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