セルロイド・ラヴァ‘S
「いい、言わなくて」

低く遮られ、私はたぶん安堵したと思うけれど、それ以上に戸惑いもした。らしくない、羽鳥さんが答えを先延ばしにするなんて。問うように眼差しを投げ返す。彼は溜め息を隠しもしないで私に目を細めた。

「お前がそういう顔する時は駄目に決まってる。だから聴きたくない」

・・・・・・図星だけど。

「・・・ったく。まずは寝ぼけてるお前をどうにかするのが俺の役目だな」

自嘲気味な苦笑いを浮かべてもう一回、羽鳥さんは肩で大きく溜め息を吐く。

「さっさと睦月の目を醒まさせてきっちり俺が貰うんで。邪魔しないで下さいよ保科さん」

標的を定めたように鋭い眼差しは愁一さんに向けて。

「まさか。全力で阻止するに決まってるでしょう」

微笑み返した彼の目にもどこか不敵な気配が滲んで見えた。




 
羽鳥さんが礼儀正しく食事の礼を言い「いずれまたお伺いします」と堂々、正面切ったのを。

「いつでもお待ちしてますよ」

全く動じていない様子で愁一さんはやんわりと笑い、軽く受け流した。

二人の間に見えた導火線に派手な火花が散った跡はない。ただ静かに種火が残ってじわじわと燃え進み、距離を詰めてく。男達のしたたかな駆け引きはこれからも続く。私には苦い後味を残しながら。

店の外まで送りに出た私を向き直った羽鳥さんは真顔で見下ろし、用意していたように静かに訊ねた。

「・・・俺を好き?」 

間が空いて。観念して応える。

「・・・好きです」

「知ってる」

着込んだコートで少しごわついた感触の腕に抱き締められていた。

「ならあんまり待たせるな」

「・・・・・・・・・」

それには答えなかった。

「羊の皮かぶった狼より狼のフリしてる羊の方がマシだぞ?」

それはちょっと可笑しくて思わず吹き出す。
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