セルロイド・ラヴァ‘S
愁一さんが誕生日やクリスマスだの行事的イベントに執着しないのは分かっているから。イヴだろうと私は仕事だったし、いつもより早めにベッドに閉じ込められるぐらい。と、先読みしていた。

だから。帰ったら「今日は外で食事にしよう」と笑いかけられ、これも羽鳥さん効果なのかと、微妙な心持ちがしなくはなかった。ドレスコードをさり気なく訊ねたら、フォーマルまでは気取らなくていいと返事が返って。手持ちのベロア地のワンピースドレスに着替える。

シックな紺色で、ハイネックの襟元と袖の部分がレース、シルエットはAライン。セミロングだからショートブーツを合わせて、ショールを羽織れば見栄えも悪くないはず。普段は仕舞い込んだきりのアクセサリーケースの中から、小さなパールが輪っかの中で揺れるイヤリングを耳元に。指輪は結婚指輪を捨てて以来、どの指にもはめる気がしなかった。

お化粧直しをしてリビングに下りてくと。私を見るなり愁一さんが、いつにも増して甘やかに微笑む。

「・・・今夜の睦月は格別に可愛いよ」

似合うと褒めてくれたことよりも、目が奪われたのはこっちの方で。思わず力の抜けた手から、すとんと足許に落下したクラッチバッグ。惚けて言葉も無い私に近寄り、屈んでバッグを拾い上げてくれた愁一さんは少し照れたように言う。

「・・・スーツは久しぶりだからね」

 チャコールグレーの三つ揃いにえんじ色のシャツ、シルバーグレーのネクタイ。髪もいつもよりきちんと撫でつけて。 久しぶりだと言う割りに存在感のある色のシャツを着こなし、まるで紳士服のカタログから抜け出て来たような洗練された雰囲気に。・・・圧倒されてる。

きっと本人に自覚は無いだろうけど。甘い空気はいつもの愁一さんなのに、どこか切れ味の鋭さ・・・みたいな気配も感じる。もう逆に、以前はどんな仕事をしていたのかを訊くのがはばかられる位だ。・・・訊かずにおこうと密かに決めた。世の中には知らない方が身の為ってことが沢山あるもの。

手渡されたバッグも半ば茫然自失のまま受け取り、「睦月?」と困ったように覗き込まれてやっと正気に返れた。

「・・・・・・ごめんなさい。あんまり恰好よすぎて心臓止まってた・・・」

「そこまで言ってもらえるのは嬉しいけど。僕より先に逝かせるつもりは無いよ?」

悪戯気味というより不敵っぽく微笑まれて。

・・・思い付きだけど愁一さんて。服を脱いだ時とスーツを着た時、もう一人の自分が出て来る。・・・とか?



< 66 / 92 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop