セルロイド・ラヴァ‘S
1-2
予定通りに夜の7時半から羽鳥さんのお客さんの売買契約が始まっていた。
入り口の自動ドアは半分ほどシャッターを下ろし、路面側の大きな窓もブラインドで外からの視界を遮断してある。営業時間は終了したというアピールだ。グランドエステートは不動産売買がメインだけれど駅前通りにあるからか、賃貸物件を探すお客が会社帰りに迷い込んでくるらしいのだ。

8時を過ぎて店長以外の営業さんは全員帰宅。うちの社長はダラダラと居残るのを赦さない。朝10時開店、夜7時半閉店、8時に全員退社が社則だ。

有線のBGMと、羽鳥さんの丁寧かつ無駄のない説明の声が店内に切れ間なく流れ続け。私はオフィススペースとを仕切ってる飾り棚の後ろ側の自分の席から耳をそばだてて、契約の進行具合に気を配る。署名捺印までこぎつけると、それからが自分の仕事だ。羽鳥さんから声が掛かり、私はいそいそと書類を預ってコピーやら雑務をこなしていった。



無事に契約を終え会社を出たのは10時半過ぎ。買い主のお客さんが話好きで、契約後の雑談がなかなか切り上がらなかったのだ。

「吉井さん悪かったね。遅くなっちゃって」

車通勤の羽鳥さんは、私を送って帰るから、と駐車場に向かおうとした店長に断りを言い、駅に向かって二人で歩いていた。

「大丈夫です。明日は休みですし」

定休日は毎週水曜日。隔週、シフト制で火曜水曜の連休が取れる。私の連休は来週だけど特別疲れた訳でもないんだし。

(メシ)おごるよ。吉井さん東口だろ?そしたら、つくし野でいい?」

「あ、はい。・・・却ってすみません」

「いいって」

羽鳥さんは爽やかに笑う。

つくし野は、割りと何でも美味しいと評判の居酒屋だ。火曜の夜でもけっこう賑わっていた。

「じゃあ無事に契約完了ってことで乾杯!」

「お疲れさまでした」

私はカシスオレンジ、羽鳥さんはノンアルコールのビールで。適当に食べたいものを注文してシェアしながら、仕事の話や新人営業さんの愚痴なんかに花を咲かせる。

「・・・そう言えばさ、吉井さんてバツイチなんだよね?」

「はい。一年前に離婚しました」

特に隠してもいない。普通に返事。

「子供は?」

「いなかったのでまあ、すんなり終わったというか・・・」

「・・・理由は聞いてもいい?」

これまで羽鳥さんとプライベートな話をすることなんて一度も無かったから、ちょっと目を丸くする。すると向かいから苦そうな笑みが浮かび。

「実は俺も先月離婚した」

思わず箸が止まるような発言が飛び出したのだった。 
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