素直になれない、金曜日

白っぽい、出版社のロゴだけが入ったほぼ無地の栞。

脈絡のない感情に誘われて、思わずさっき置いたばかりのシャーペンを手に取って。




まっさらなその栞の上で、ペン先を彷徨わせた。

だけど、具体的に何かを書こうとしたわけじゃない。



そんな私の視界に、すぐ向こうで作業している砂川くんの横顔がうつる。




『俺は、桜庭さんのそういう考え方が好きだから』

『皆にも知ってほしいって思った。勿体ないなって思った』




この前の砂川くんの台詞が頭の中でぐるりと廻る。

あのときから、何度も何度も砂川くんの声で頭の中を駆け巡っている。



たぶん、この先ずっと忘れないんだと思う。



だって、あの言葉がきっかけで私は────




『そんな、何もかも諦めたような表情してほしくないんだよ』



視界の端、砂川くんの横顔。
扇風機の風でさら、となびいた黒髪に心が疼く。



はた、と彼が私の視線に気づいたようにこちらを振り向きかけて。



私は慌てて顔を背けた。
ずっと見ていたと気づかれたら、恥ずかしくて堪らない。



「……っ」



顔を背けたものの、すぐに頭の中に砂川くんの姿が思い浮かぶ。



今度は無意識に、だけど迷いなくペン先が動いた。

無地だった栞の上に並べられたのはたった五文字、されど五文字。



だけど、私がこんなことを思う日が来るなんてありえないはずだったんだ。





〈 変わりたい 〉





小さくて筆圧の薄い、いつも通りの私の字。

だけどその五文字は、なんだかいつもより強く感じた。




< 135 / 311 >

この作品をシェア

pagetop