素直になれない、金曜日
白っぽい、出版社のロゴだけが入ったほぼ無地の栞。
脈絡のない感情に誘われて、思わずさっき置いたばかりのシャーペンを手に取って。
まっさらなその栞の上で、ペン先を彷徨わせた。
だけど、具体的に何かを書こうとしたわけじゃない。
そんな私の視界に、すぐ向こうで作業している砂川くんの横顔がうつる。
『俺は、桜庭さんのそういう考え方が好きだから』
『皆にも知ってほしいって思った。勿体ないなって思った』
この前の砂川くんの台詞が頭の中でぐるりと廻る。
あのときから、何度も何度も砂川くんの声で頭の中を駆け巡っている。
たぶん、この先ずっと忘れないんだと思う。
だって、あの言葉がきっかけで私は────
『そんな、何もかも諦めたような表情してほしくないんだよ』
視界の端、砂川くんの横顔。
扇風機の風でさら、となびいた黒髪に心が疼く。
はた、と彼が私の視線に気づいたようにこちらを振り向きかけて。
私は慌てて顔を背けた。
ずっと見ていたと気づかれたら、恥ずかしくて堪らない。
「……っ」
顔を背けたものの、すぐに頭の中に砂川くんの姿が思い浮かぶ。
今度は無意識に、だけど迷いなくペン先が動いた。
無地だった栞の上に並べられたのはたった五文字、されど五文字。
だけど、私がこんなことを思う日が来るなんてありえないはずだったんだ。
〈 変わりたい 〉
小さくて筆圧の薄い、いつも通りの私の字。
だけどその五文字は、なんだかいつもより強く感じた。