素直になれない、金曜日
その瞬間、絡め取られたように身動きがとれなくなった。
向かい合ったその距離は満員電車のせいで吐息がかかるほど近くて、呼吸すらも上手くできなくて。
見つめ合っているこの状況が恥ずかしくて仕方がないのに、目を逸らすことさえできない。
……どうしてか、砂川くんも視線を逸らそうとする素振りを全く見せなかった。
逃げ場のない状況に頭も上手く回らなくて、もうなにも考えられなくて。
砂川くんのシトラスの香りが、はっきりとわかるほどのその距離は、0.5メートルどころじゃなく。
ほとんど、0メートル ────………
そのとき車両がガタンッ、と大きく揺れた。
体勢を崩しかけて反射的にきゅっと目を閉じた、次の瞬間。
「……っ、ん」
唇に、なにか柔らかいものが触れた。
人肌ほどの温度のなにかに口を塞がれて、吐息を奪われる。
驚いて、その正体を確認しようとそろりと瞼を上げる、と。
「───!?」
まず視界に飛び込んできたのは、さらりと流れるようにかかった黒い前髪。
もちろん砂川くんの、だ。
それから、至近距離にある黒く濡れた双眸には、目を見開いて間抜けな表情をした私が映り込んでいるのがはっきりとわかる。