素直になれない、金曜日
帰らなきゃ、そう言って立ち上がろうとすると。
「……っ?」
砂川くんの火照った手のひらが、私の手をぎゅ、と掴んでその場に引き留めた。
さっきまでのスプーンを取り落としてしまうほど弱った様子だったのが嘘みたいに、強い力。
戸惑い、思わず砂川くんを見つめると。
「このまま、ここにいて」
「え、」
「……お願い」
熱っぽく、縋るような視線と甘ったるい声に私の身体は簡単にその場に縫い留められる。
さっきは『戻りなよ』なんて言って、いとも簡単に追い出したくせに、今は『ここにいて』と真逆のことを言う。
そんなことを言われたら離れられないに決まっているのに。
砂川くんの言動に、振り回されてゆらゆらぐらぐら揺れるのは私の方ばかり。
ずるいなあ、悔しいなあ、そう思うのに、でも全然嫌じゃない。それも含めて、やっぱりずるい。
「うん」
私が首を縦に振ると、私を掴んでいた力が少し緩んだ。
立ち上がりかけていたけれど、もう一度ベッドの傍に腰をおろした。
高熱で弱っているからだろうか。
砂川くんが珍しく、不安げに瞳を揺らしたようにみえたから。
「まだ、砂川くんのそばにいるから……」
きゅ、と手のひらを握り返してそっと囁くように言うと、砂川くんは安心したようにふにゃりと柔らかく笑って。
数分もしないうちに、静かな寝息を立てはじめた。
だけど、手は緩く、でもしっかりと拘束されたままで。
伝わってくる体温が甘く流れ込んで、動悸が速まる。不整脈を起こしそう。
────ほんとうに、心臓に悪い。