素直になれない、金曜日

ふわ、と笑って砂川くんが私を見つめる。

その視線の先にいることが奇跡みたいで、それだけで嬉しくて。



「あの、ほんとうに、ありがとう」



ぺこ、とお辞儀をしながらそう言うと砂川くんは、顔上げてよ、と苦笑した。




「一緒にまわるの、楽しみにしてるから」



ほんとうにそう思ってるみたいに、言ってくれるから、どきどきして、心臓の音がうるさくなる。




「私の方が、楽しみにしてるよ……!」



絶対、そう。


私の言葉に、砂川くんは、ふっと口角を上げた。その穏やかな笑顔に、私の心臓がまた、音を立てる。




「お客さん来たよーっ」



少しして、列整備の係をしてくれている先輩の声に我に返った。


……仕事に戻らなきゃ。


よし、と立ち上がると。





「じゃあ、あとでね」




耳元で砂川くんが低い声で囁いて。

ダイレクトに注ぎ込まれた声に、おののいて、思わず耳を押さえた。



気を取り直す頃には砂川くんはもうキッチンに戻っていて、その場に残された私はひとり、頬を赤く染める羽目になる。



砂川くんと過ごせる時間が待っているから、今は頑張らなきゃ。



それで、ちゃんと、今日こそ、砂川くんに。



しっかりと決心して、来てくれたお客さんを案内するために入口の方へ向かった。





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