私の愛しいポリアンナ
キィッと、重そうな店の扉を開ける。
中からはみのりが知らないゆったりとした音楽が流れている。
席数が少ないこじんまりとしたお店だった。
マオちゃんとともにカウンター席に座り、彼女が飲みたいと言ったカクテルを二つほど頼み、ようやく一息つけた。
「マオちゃんって、お酒好きなんだね」
「そうだよー。でもバーに来る時は呑むこと以外にも目的があってさ」
クスクスと少女のように笑うマオちゃん。
「何?」とみのりは目線だけで聞く。
「ナンパ待ち」
語尾にハートマークが付いてそうな声音でマオちゃんは言った。
思わずみのりの口から「えぇ・・・」という声が漏れる。
引いてしまったみのりにも、マオちゃんは構わず距離を詰めてくる。
「いや、私だって初めはただお酒飲みに来てたよ。でも、一回ナンパされたときにさ、遊びたいなぁって思ったのよ。今まで社会人になるまでずっと親の言うこと聞いて真面目に生きててさ。でも、お兄ちゃんが家を継ぐわけだし、私はちょっとくらい遊んでもいいよねって思ったら、なんかハマっちゃってさ」
「ハマるの?」
「ハマるハマる」
顔を見合わせて会話している途中で、カクテルが出てきた。
まさかのコンニャク令嬢の上品とは言えない趣味。
マオちゃんも気が大きくなっているからこんなこと話したのだろうか。
まだお酒が入ってないというのに。
ぐいっとカクテルを呷るマオちゃん。
もう少し味わおうよ、と思いながらもみのりもチビチビ飲み始めた。
なんだろう、ライムの味がする。
頼んだお酒の名前、しっかり聞いてなかったな。
「でもさ、そういうので寄ってくる人って、正直やりたいだけの人とかもいるんじゃないの?」
「うん。そんな感じの人ばっかり。でもこっちだって似たようなものだし、別にいいかなって」
「・・・セフレってこと?」
上品じゃない会話にみのりの声は段々小さくなる。
しかし、マオちゃんは気にせずケラケラと笑うから困る。
マスターに聞かれたら一番恥ずかしい立ち場はマオちゃんなのに。
「違うよ、本当に、その晩だけの関係。名前も知らない連絡先も交換しない。向こうがいいなって思ってくれて聞かれることもあるけど、私は断るな」
誰かと繋がるのって疲れるんだよね、と言いながらマオちゃんは同じものをもう一杯注文する。
大人というか、ただれているというか。
世の男女の仲というのは、そういうものなのだろうか。
私はそういうの、好きな人とだけしたいなぁ、とみのりは思った。
しかし好きな人としたいとは思っても、タツヤとしたいとは思えないから不思議だ。
タツヤとは、男女の仲というより、守ってあげたい庇護対象のような関係を築きたかったのかもしれない。
昔のタツヤ妊娠騒動の時も、タツヤの無責任さに怒りはしたものの、タツヤと交わった女の子に対する嫉妬は全くなかった。
タツヤ、どうしてるんだろう。
忘れかけていたのに、再びタツヤに対する思いが湧いてくる。
チビチビとカクテルを飲み続けながら考えていたら、トントンと肩を叩かれた。
マオちゃんだった。
「みのり、いいよね?」
そう、にこやかに聞いてくる。
何が?と思う間もなく、答えは目の前に提示されていた。
暗い店内だから分かりづらいが、ガタイのいい男性の二人組だった。
「カップル?」
「違う違う、ナンパだって」
カップルだったら4人で楽しく飲むだけで終わってもよかったねぇ、なんて赤らんだ顔でマオちゃんは言う。
ナンパ。
みのりの中で言葉と意味が結びつくのに少し時間がかかった。
まさか、女2人のところにそんなすぐ来るなんて。
タイミングがいいのか悪いのか。
ナンパくらい1人でしなよ、という気持ちと、私は巻き込まないで欲しかったという気持ちが同じくらい。
そんな風にマオちゃんとコソコソ話している間にも、男性2人は「隣座ります」なんて言いながらさらりと座る。
手慣れている、と感じた。
背筋がぞわりとする。隣に座った男性は、どう見ても愛想がよく、顔がいいのに。
瞬間、みのりは思いっきり立ち上がっていた。