私の愛しいポリアンナ


「何だ?」

「思い出したんです。こんな風に、ゴムが取れなくなった物語があったなぁって。あれです、『あと1センチの恋』です、映画の」

「見たことないな」

それなりに話題の映画は見ていた秋でも知らない。
みのりはwowowで見ました、とどうでもいい情報をくれる。

「幼馴染となんだかんだあって最終的に結ばれる話なんですけど、始めの方に好きでもない人とセックスしてゴムが取れなくなるシーンがあるんですよ」

そう言ってから、「幼馴染・・・」と自分で傷口をえぐったみのり。
やはり彼女はタツヤのことを全然吹っ切れてないのだ。
そのせいで何を思ったのか付き合ってもない男と寝るなんていう暴挙に出たのだろう。
「もう付き合ってもない男と寝るのはやめろ」と諌めても、「変わらなくちゃいけないんです」となぜか引かないみのり。
タクシー運転手は「この会話を俺が聞いてもいいのか?」となんとも居心地悪い思いをしていた。

そうして病院につけば、「嫌だ嫌だ」とごねるみのりを連れてなんとか診察を終えた。
あんな恥ずかしい思いはもう一生経験しなくていい。
生ぬるい目で「あ〜」という表情を向けられても笑顔を崩さなかった俺を誰か褒めろ。
秋もみのりも疲労困憊状態で病院を後にした。
もう終電も終わっている時間だ。
タクシーを拾って、シャワーを浴びたらすぐに寝よう。明日は休みだ。
ツーリングに行こうと思っていたけど、そんな元気が残っているか怪しい。
おぼつかない足取りのみのりをなんとかタクシーに乗せ、「もうこんなことやめろよ」と釘をさす。
「わかりました」とは返されたが本当に思っているのかどうか。

「あの、ありがとうございました」

最後、ドアを閉める前に素直に言われた言葉に目を瞬かせる。
そう素直にされると少し対応に困る。

「まぁ、いいよ」

秋はなんとも言えない笑みと共にそう返した。
みのりもヘニャリと力の抜けた笑みを返す。
そうして、みのりを乗せたタクシーは静かな夜の道に消えていった。
光が見えなくなってから、秋は力が抜けた。
なんてことない、いい1日だと思ったのに、最後の最後に爆弾が落ちてきた気分だ。
厄日だ。
ノロノロと足を動かしながら秋は歩き出す。

自身の厄日がこの日だけに止まらなくなることを、この時の秋はまだ知らない。




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