私の愛しいポリアンナ



みのりはあっさりと、なんの感慨もなく秋の家から出て行った。
「今までお世話になりました」の一言とともに、大きめの鞄ひとつで出て行ったのだ。
そんなに荷物が少なかったか?と疑問に思ったが、どうやら消耗品の私物は捨てていくようだ。

「この機に服とか化粧品も断捨離します」なんて言いながらゴミ袋にポイポイいろいろなものを捨てていた姿。
キラキラ輝く化粧品は、半分以上中身が残っているものだった。
使用期限が過ぎているのなら仕方ないのだろう。
いつも思うのだが、なんで化粧品はあんなにたくさんの内容量を入れるのだろう。
半年、一年などの使用期限があるのだったら、もっと内容量を減らして安価にして、バリエーションを増やして収集欲を刺激するようなものにしたらいいのに。
秋はゴミ袋に積もっていくコスメの類を見ながらそう思った。
多すぎて困ることはないけど、無駄だよなぁ、なんて考える。
ぼぅっと見つめていると、「あ」と思いついたようにみのりが声を出した。

「設楽さん、今週の金曜日空いてます?夜。映画行きたいんですけど」

金曜、夜。映画。
珍しいみのりからの誘い。
というか、みのりからの誘いなんて初めてだろう。
秋とみのりの2人は、計画して会うときはいつも秋から声をかけていたから。

「空いてる。どこの映画館だ?」

「御町のとこです。チケットもらったんですよ」

「誰から」

みのりからの誘いになんだかムズかゆくなって、つっけんどんな言い方になってしまった。
映画。見たい最新作のものでもあるのだろうか。

「鹿川の知り合いがずっと前にくれた、リバイバル上映の優待券です。期限がそろそろなんですよね」

ちょうどその人がオススメしてた映画が上映されるんですよ、なんてみのりは言う。
鹿川の知り合い、の部分が少し気になった。
御町の映画館という時点でポルノ映画の予感しかしないが。
もともと遊郭があった場所である御町は、今では風俗店が立ち並ぶなんとも怪しい雰囲気の町になっている。
鹿川とは違った意味で危ない町だ。
そこの映画館に誘われるというのは、みのりでなければベッドへの誘いだと勘ぐってしまっただろう。

「じゅあ、19時開場に間に合うように来てください。映画館入り口待ち合わせで」

ニコッと笑いながらみのりがそう言った。
そのまま大きな鞄を持ち、ゆったりとした足取りで去っていった。
ばたん、と閉まる扉。
秋はみのりが去った後の扉を数分、見つめ続けた。

なんだか分からないうちに始まり、あやふやなまま終わった同居生活。
目立った喧嘩もなく、なぜだか秋に恋心を置いていった数週間。
そういや、なんの映画か聞くの忘れたな、と秋は思った。
まぁなんでもいいか、とすぐに切り替えたが。

しかし秋は、このとき映画の内容を聞かなかったことを後悔することになる。金曜夜、映画館前で。



< 149 / 189 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop