私の愛しいポリアンナ
「でも、鹿川ってそんな人ばっかりでしたよ。世間から見たら少数派の嗜好の人。麻薬漬けのダメ人間の溜まり場だったからか、この人たちに比べれば自分はまだマシじゃないかって思えるんでしょうね。自分のちょっとおかしな部分も表に出しやすかったんでしょう」
特殊性癖、っていうんですかね。そう言いながらみのりは懐かしむような顔をする。
「鹿川でそんな話ばっかりしてたのか」
「そんな話しかなかったんですよ。ご飯食べに行くにも飲みに行くにも、隣に座った人が話しかけてくるのはそんな話題ばっかり。テロですよもはや」
まぁ、慣れたら面白かったですけど。
首締めプレイが好きな人もいれば、幼児性愛の人もいて、無性愛の人もいて。
いろんな人がいて、しかもその人たちの大部分が鹿川に住んでいないんですよ。
「普段は普通に生活してるのか」
「そうでしょうね、みんな何かしら心に抱えてても、何でもない顔して社会生活送ってるんだからすごいなぁと思って」
普通の人から理解され難い愛を持っちゃった人って、生きづらそうでした。
多分、鹿川でだけ自分をさらけ出せたんでしょうね。
そう話すみのりの表情は見えなかった。
つむじだけが見える。
秋は息を吸う。
冷たい空気が肺に流れ込んできた。
「普通の性癖になれる手術があれば、すぐにでも受けたいってみんな言ってましたけどね」
「性癖に普通なんかないだろ」
「でも、だいたいの人の恋愛は認められているじゃないですか。幼児性愛なんて言った日には犯罪者扱いですよ」
「そりゃあ」
当たり前だろう、と秋は言いかけてやめた。
なんだかそれを言ってしまえばみのりとの関係が終わる気がしたのだ。
言わない代わりに、考えた。
幼児性愛。
まだ幼く判断能力の乏しい子どもを性愛対象として見る。秋にはわからない感覚だ。
子を持つ親なら、幼児性愛者なんて近づけたくないのが心情だろう。
むしろ塀の中に囲って、二度と外に出てほしくないとさえ思いそうだ。
「さすがに鹿川でも幼児に変なことする大人はいなかったですけどね。手を出すのは小学生からっていう暗黙のルールがあったみたいで」
「小学生でもいいわけないだろ。とんでもないとこだな。さすが犯罪者の巣窟」
「本当に」
酷い場所でしたね、とみのりは言うが、その顔には懐かしさが見て取れた。