私の愛しいポリアンナ
「今度ドライブに行こう」
「は?」
「海でも山でもどこでもいい。遠くに行こう」
思わず、口をついて出ていた言葉。
海外ドラマのギークでもこんなにヘタな誘いはしないだろう。
「いやなんですか。突然」
「釣りでもするか?」
「本当にどうしたんですか設楽さん」
違う。
本当に言いたいのはこれじゃない。
秋はなんとか頭をひねる。
鹿川のことも、タツヤのことももう気にしていないようなみのり。
喜ばしいことのはずなのに、秋は嫌だった。
みのりがまともな生活に目を向けるのは、喜ばしいことのはずなのに。
「いや、悪い。わからないんだ」
「設楽さんにもわからないことがあるんですね」
「当たり前だろ」
ムッとした様子の秋が面白かったのか、みのりが小さく笑った。
目尻にかすかなシワ。
「いいですよ。海でも山でも、行きましょうか」
おかしそうに笑いながら、それでも返事はOKだった。
いいのか。アリなのか、あれで。
半分まどろんでいるような感覚だった。
「休み、わかったら連絡しろ」
「合わせてくれるんですか?」
「あぁ。こっちはどうとでもなる」
仕事のために生きている時期は過ぎた。
営業も商談も次世代に任せている。
秋は仕事では比較的自由が利く立場にいるのだ。
「いいか、早めに連絡しろよ」
「わかりましたから」
なんだか中学生の頃のままごとみたいな恋愛をしている気分になる。
だが悪くない気分だった。
おそらくタローあたりからは「本命童貞」とからかわれるザマだろうが、今はこれでいい。
みのりは駆け引きを楽しむタイプじゃない。
素直に甘えて素直に伝えるのが一番効くタイプだ。
まだまだ時間はある。
これからゆっくりでも、みのりの意識に入っていければいい。
秋はそう思い、みのりとともに地下鉄の駅へと入っていった。