私の愛しいポリアンナ


「みのりのこと考えてる」

彼女はしばしまばたきを忘れた。
黒い瞳がじっと秋を見つめる。眉が歪む。
なんだ、その反応は。秋の眉も歪む。
何を言われたのかわからない、みのりはそんな表情をしていた。
秋から目がそらされる。
困惑した顔。本当になんなんだ、そんなにおかしいことを言ったか、俺。
秋にもみのりの困惑が移ったような気がした。
みのりは秋に掴まれていた手を払い、目をそらしたままこう言った。

「えっと、待ってください」

「待つさ。急にどうした?」

「いえ、その、私のこと考えてるんですか?本当に?」

「そうだよ。目の前にいる好きな人のこと考えるだろ、普通」

逆にセックスの最中に相手のこと考えない奴がいるのか、と秋は思った。
みのりの考えがおかしいのか、それとも秋が珍しい考え方なのか。秋としては致している相手のことに集中するのが当たり前に思っていたが、普通は違うのか?と不安になってきた。
案外、性行為を仕事にしている人やそういうことに慣れている人は、行動と思考を切り離せるのかもしれない。
昔見た映画でそういうシーンがあったのだ。
情事中の女性が喘ぎながら、一瞬無表情になって時計を見つめるシーンが。情事に夢中なふりして、この行為はいつ終わるのだろうか?と考えている冷静な目。
みのりもそのタイプか、と秋はなんとなく思った。
相手と体を重ねていても、思考は別のことを考えている。
今までの秋との情事中も今日の夕飯のことなどを考えていたのか、と思うと悲しくなってくる。俺にテクニックがないだけの話とも言えるが。
相性は悪くないと俺は思うんだけどなぁ、と秋は考えながらみのりの顔を見る。

「やめておくか、今日は?」

なんだかみのりの様子がおかしかったのでそう声をかけた。
秋の言葉がどう彼女に影響したのかわからないが、彼女は目に見えて取り乱していた。
眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。
パチパチとまばたき。その目がようやく秋の方を見る。
潤んだ瞳。目尻が赤くなっている。
あ、とその目を見た瞬間、秋に何か、直感のようなものが働いた。

「やっぱり、一緒に寝るか?添い寝」

「え、いえ、」

腕をみのりの肩に回す。暖かい体温。
みのりの頬に赤みが差す。
秋は確信した。照れている。みのりが。初めて。
逃がさないとばかりに両手を彼女の頬に当てる。
赤く色づく顔。潤んだ瞳が困惑したようにこちらを見つめる。



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