私の愛しいポリアンナ
それから、俺が父親に殴られるといっつも保冷剤持ってきてくれて、冷やしてくれた。
そんで、お菓子くれるんだ。一緒にテレビ見ようねって言われる。
タツヤの好きなことしていいんだよって言われる。
うちの家では、何してもいいよって。
「・・・みのりちゃんは何をするつもりなんだろう、ってずっと思ってた。だって、俺はみのりちゃんと遊びたくてみのりちゃんの家に行ったのに、みのりちゃんは一緒に遊ぼうとか言わなかった。俺の好きなことしていいよってだけで」
一緒に人生ゲームとかしたかったけど、みのりちゃんは、俺と一緒に何かすることはしたくないみたいだった。
でも、俺がニコニコしてればみのりちゃんも笑ってくれたんだ。
俺の家族の話をするとすごく悲しそうな顔をする。
だからあんまり父さんの話はしないようにしたんだ。
ねぇ、父さんが俺を殴ってたのって、そんなに変なことかな?男の子だし、殴らなきゃ分からないんだから仕方ないだろっていっつも言われてたし、俺はそうだねって思ってた。
俺は頭が悪いから、口で説明されてもよく分からなくなるんだ。みのりちゃんはたまに長いこと俺に話しかけることがあったけど、俺、最初の単語の意味を考えているうちに、みのりちゃんの声が分からなくなっちゃうんだ。
俺は頭が悪いから、話しても分からないから殴るしかないだろって、そういうものだと思ってたのに。みのりちゃんは違うって言うんだ。なにが違うんだろう。
みのりちゃんは父さんの話をするとすごく嫌そうな顔をするんだ。
父さんが出て行ったら、みのりちゃん、ちょっと安心してた。
俺はすごく悲しかったのに。
でもみのりちゃんは俺の笑った顔が好きみたいだから泣かなかったよ。
泣いちゃったら、それは痛いってことになるから。
だから俺は殴られても泣かなかったし、父さんがいなくなっても泣かなかった。
殴られるのは痛いんじゃなくて悲しいんだ。
父さんがいなくなったのも、痛いんじゃなくて悲しかった。
ばあちゃんがいなくなったのも、痛いんじゃなくて悲しかった。
誰も、俺に、なにも、教えてくれなかった。
俺は頭が悪いから、みんないなくなったんだって、言われた。
タツヤはポツポツとそんなことを話した。
秋は口を挟みたい気持ちを抑えて、黙っていた。
次第にタツヤの声は小さくなり、話は終わった。
「あんたの頭が悪いからって、殴っていいことにはならないんだ」
「・・・なんで」
「ジュンナちゃんの頭が悪いからって、あんたはクスリを飲ませちゃいけなかった」
「だって、頭が悪い子は、痛い目見なきゃわかんないって」
「頭が悪かろうがどこかおかしかろうが、人を傷つけちゃいけないんだ」
俺はいったいどこの小学校で道徳の授業を教えているのか。秋はげんなりしてきた。
なぜ俺がタツヤにこんなことを教えなきゃいけないんだ?
みのり、あんた一体タツヤと今までどんな会話をしてたんだ?
必要最低限の倫理観も理解できていない男を、みのりは色眼鏡で見ていたことは確かだ。
いや、そもそも何も見ていなかったのかもしれない。
見たいと思うタツヤの幻想を見つめるだけ。本当のタツヤ自身なんて興味もなかったのかもしれない。