私の愛しいポリアンナ
「あと10年って思うんです。どうせ俺は長く生きるつもりもないし、あと10年は生きてみてもいいかもしれないかなって。辛いし、苦しい時、どうせいつかは終わることなんだからって思うと、まだ耐えられる」
そうやってポジティブに考えられるようになったことを、病院の先生はいいことだって言ってくれました。
かすかな笑みが男の顔にはあった。
秋にはその考えがポジティブだとは手放しで誉められなかったが、男が死を思いとどまってくれているのならいいだろう。
続けて話しかけた。
それからしばらくは3人とも無言で食卓の上の食べ物を口に詰め込んだ。
サーモンのマリネ。
アスパラのベーコン巻きに、ササミのカツ。
ナスの揚げ浸しとエビとアボガドの和えもの。
なんの話もしなかったが、居心地が悪いというわけではなかった。
ただ、目の前の食事を腹の中に収めていく。
みのりが何気なくつけたテレビでは、ちょうど鹿川のニュースがやっていた。
新しいカジノタワーを前に、アナウンサーが期待に満ちた言葉を述べる。
鹿川が、キラキラした憧れの場所に変わっていく。
男はぼんやりした目でテレビ画面を見つめていた。
だが、ある瞬間にふっと満足したのか、「そろそろ時間なので行きます」と立ち上がった。
「いろいろとありがとうございました」
「いや、俺は何もしてないだろ」
「話を聞いてくれました」
男は初めて心からの笑みのようなものを顔に浮かべた。
話を聞いただけ。
男の悩みは何一つ解決してないし、彼の苦悩はこれからも続くというのに、それでいいのだろうか。
秋はそんなことを思いながらも、「見送りは結構です」と言って立ち去る男に何も声をかけられなかった。
それほど親しくもなかったし、こんな終わりしか迎えられなかった。
世の中そんなものか、という諦めにも似た思いが秋を襲ってくる。
「設楽さん」
沈みかけた気持ちでいたが、みのりに声をかけられてハッとした。
秋の心残りをわかっているかのような表情をしている。
思わず聞いてしまった。
「俺たち、あの男に何もしてないよな?」
「話を聞いたじゃないですか」
「でも、それだけだ」
それだけしかできなかった。
秋にとってただの他人である男に、何もしてやれなかったという罪悪感がなぜか湧いていた。
「それで十分だったんですよ」
彼、笑ってたじゃないですか、とみのりは言う。