私の愛しいポリアンナ
「ゴム入りの?」
「いえ、信頼できる店、知ってますから」
麻婆豆腐が美味しい店あるんですよ。
お腹が空いたらがっつり中華を食べたくなりますよね。
そう言いながら、みのりは強引とも言えるほどに秋の手を引く。
とにかく、タツヤの事を頭から追い出したかった。
みのりが手を引っ張ると同時に、カツッと靴の音が響く。
秋のリーガルの革靴の音だ。
ギラギラとした下品なネオン街に、その靴はかなり不釣り合いだった。
腕時計だけじゃなくて、靴に関しても安めのアディダスとか履いてきてもらったらよかったかもしれない。
みのりがそう思った時、ざわついた喧騒が、一瞬止んだ気がした。
もちろんそれはみのりの勘違いで、鹿川の夜は継続的に騒がしかったのだが。
ただ、みのりの虫の知らせで彼女の周りの空間が一瞬、時が止まったように思えたのだ。
みのりはゆっくりまばたきをする。
様子が変なみのりに気づいたのか、秋が不審な顔をする。
ここ数日、ひたすらみのりが会うことを恐れた人物。
タツヤ。
彼が、みのりと秋の前方30メートルほど先に、立っていた。
「みのりちゃん」
フニャっとした顔とは対照的に、タツヤは抑揚のない声でみのりの名前を呼んだ。
会ってしまった。
意外と広く人も多い鹿川で、会う確率は低いと思っていたのに。
会っちゃったなぁ、とみのりはどこか諦めに似た境地でタツヤに近づく。
さりげなく、近づきながら秋とつないでいた手を離す。
秋もそれに気付きながら、にこやかな外行き用の笑みを顔に浮かべる。