私の愛しいポリアンナ





「なに、したらさんも法律が〜、とか人の命が〜、とか言ってくるわけ?そーゆーウルサイのはみのりちゃんだけで十分だよ」


べ、と舌を出したタツヤの顔にはみのりと秋に向けての嫌悪が表れている。
俺もう行くね、とタツヤは言う。
彼女待たせてるから。

くるくるの髪をふわふわ揺らしながら、タツヤはみのり達の前から去っていく。

秋はしばし呆然としていた。
だが、突然思い立ったようにみのりの手を握ると、勢いよく歩き出す。
引きずられるようにみのりもついていく。

来た道を引き返す20分間。

みのりにとっては地獄のような時間だった。
秋は、言うだろうか。
鹿川で行われていることを。
警察に言ったり、世間に発表したりするだろうか。

言ってもいい。
言ってもいいとは思うが、みのりの胸に最後に見せたタツヤの表情が浮かぶ。
心底嫌いだ、というようにタツヤはみのりを見た。
そんな目で見られるべきはタツヤや鹿川の人たちであって、みのりは何も悪くない。
むしろ、犯罪をやめさせようとずっと必死になっていたのに、何でそんな目で見られなくちゃいけないんだ。

頭ではそう思うのに、みのりはそれを口に出せないでいた。
ずっと、同じところで足が止まって、犯罪の現場をただ怒りながら見てるだけだった。

数年前の記憶が、みのりの足を止めさせるのだ。
殴られすぎてパンパンに腫れた顔で、抜け落ちた表情のタツヤが言った一言。
それが、今でもトラウマのようにみのりを締め付ける。


『俺もお腹の中で殺されたかった』


温度のない声で漏らされたタツヤの言葉に、当時高校生だったみのりはゾッとして何も返せなかった。






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