私の愛しいポリアンナ
「話はそれだけだ」と老人は言うと、一刻も早くこの車から出たい、というようにドアを開けた。
とにかくタバコが吸いたいのだろう、その手には赤ラークの箱が握られている。
そのまま出ていくかと思われたが、なぜか車から半身を出した状態で止まった。
そしてタバコ臭い顔をみのりと秋の方に近づけ、神妙な顔をした。
「あんたももう鹿川に関わらないほうがいい。所帯を持つんだろう」
そう、忠告のように言い去っていった。
バタン、と閉じるドアの音。
老人がいなくなった車内にはかすかなタバコの匂いと、沈黙だけが残っていた。
所帯。
老人の言葉に一瞬首を傾げたが、そういえば鹿川で秋と私は付き合っているように振る舞ったのだった、と思い出した。
老人に「結婚報告か」と聞かれ、否定しなかったことも思い出す。
そうか、そんなこともあったな、とどこか他人事にみのりは思う。
秋はじっと表情も変えずに黙ったままだ。
そうしてしばらくした後、「送る」とポツリと秋が言葉を発した。
「私の車は?」
「明日の朝には届けるよう指示してある」
「プライバシーも何もあったもんじゃないですね」
みのりは眉をしかめた。
なんで私の家が割れているのか。
「鹿川に週一で行ってりゃ麻薬常習犯だと思われるのも当たり前だろ」
つまり私は犯罪者予備軍として警察に目をつけられていたのか。
なんてこったい。
思わず脱力ついでにギャグ漫画のようなセリフが頭に浮かぶ。
あぁ、いけない。
しょうもないことしか考えられない。
「出すぞ」の秋の声とともに車は静かに動き出す。
鹿川の明かりが遠のいていく。