初恋のクローバー
「なんのために走ってるんだろう…………」
いつも通りに練習を終えて寝転んだベッドに、小さく呟いた自分の声が吸収された。
シワができた制服も無視して、仰向けのまま天井を見つめる。
叶いそうにない願いを抱き続けて数年。
いつまでも変わらない今の環境に、俺は走る意味を失っていた。
「和哉、今いいか?」
もう何度目かのため息をついていた時、ドアの向こうから父さんの声が聞こえてきた。
「いいよ」
俺は寝転がっていた体を起こして、父さんを迎え入れる。
「今日も部活お疲れ様。急で悪いんだが、今度の土曜、空いてないか?」
「……予定はないけど、どうして?」
いつもはしていた休日の練習ももうやる気が起きなくて、俺は力ない声で返事をした。
「父さんの大学の時の同級生で、今ある中学の陸上部のコーチをしている人がいるんだ」
「陸上部の、コーチ……」
「それで今度、全国中学生陸上に和哉と同い年の女の子が出場することになったらしいんだ。
前に息子が陸上をしてるって話をしたら、大会をぜひ見に来てほしいって誘われたんだが一緒に行かないか?」
「全国………」
俺には程遠い世界だと思った。
幽霊部員ばかりの廃部寸前の陸上部で、走る意味を失った今の俺に、全国大会なんて見に行く必要があるのだろうか。
全国の走りなんて見てしまったら、本当に走るのを諦めてしまうかもしれない。
「それもちょうどいいか……」
「和哉?」
いっそ諦めてしまう方が、楽かもしれない。
「……うん、行くよ。全国の走りを見てみたい」
自嘲の笑みを浮かべたあと、俺は父さんに頷いて見せるのだった。