初恋のクローバー
「和哉っ、決勝の時間まであと3分しかない!
まさかこんなに遅れるとはっ……」
「父さんが寝坊するのが悪いんだよ!もっと急いで!」
息を切らしながら後ろを走る父さんをせかしていれば、目的地にたどり着いた。
「ギリギリ、間に合ったみたいだね」
「あ、あぁ……ッ……予選に間に合わないとわかった時はどうしようかと思ったが、ッ…彼女が決勝まで残ってくれて助かった……ハァ」
「父さん、こっち」
まだ肩を上下させている父さんと空いていた席に座ると、レーンに立つ走者たちの姿が目に入った。
「800メートルの中距離か……」
前を見つめて呟いていれば、会場にアナウンスが響き渡る。
『第3レーン、興野風結。西川中学、埼玉────』
「第3レーンの子らしいぞ」
「第3………」
衝撃で、アナウンスの言葉はしっかりと覚えていなかった。
『On Your Marks…』
スターターピストルの音が辺りに響く。
「…………!!」
風を切るような、強い走りだった。
他の走者も速いはずなのに、彼女だけがまるで風の抵抗を受けていないように感じられた。
綺麗なフォームで、飛ぶように軽やかなステップで地を蹴る。
俺は彼女に、魅せられた。
「そうだ………俺はあんな走りがしたくて、陸上部に入ったんだ」
小さい頃から走るのが好きだった。
いつしか誰よりも速く走れるようになりたいと考えていた。
俺が走り続けるのは、彼女のように走りたいからだ。
「走りたい………彼女みたいに」
『1着は3レーン、興野さん────』
この瞬間に、彼女は俺の憧れになった。