包み愛~あなたの胸で眠らせて~
「広海くん……」とつい名前を口にしてしまい、慌てて口を押さえる。幸い隣のテーブルには誰も座っていなかったので、誰かに聞かれてはいなかった。

安心してから、改めて目の前に座る広海くんを見る。

彼は箸を持ちながら、口を開いた。


「一人なの、珍しいね」

「うん、そっちこそ」


『広海くん』と口に出せず『そっち』と言う……。これはこれで意味深に聞こえてしまうような。『池永さん』と言うのが正解だったかも。

二人だけで話したいと願ってはいたけど、ここでは周りの視線が気になる。

少し離れたテーブルに座っている同じ課の女性社員二人が、私たちの様子を窺うように見ているのが視界に入った。

うちの課の女性社員で一番関わりがあってよく話をするのは高橋さんだが、他の社員から業務を頼まれることもある。印象よくするために、なんでも快く引き受けている。

私はあくまでも目立つことなく、謙虚な姿勢を見せるようにしていた。

そういえば、広海くんはなぜか人気があると高橋さんが苦笑気味に話していた。

愛想が良くなく、口数も少なく、何を考えているのか分からない男なのに、それがクールでミステリアスだから良いという人が意外に多いとか。
< 102 / 211 >

この作品をシェア

pagetop