包み愛~あなたの胸で眠らせて~
池永さんの表情は、どんな時も変わらない。今も「良かった」と言ったけど、嬉しい顔でもなく安心した顔でもなかった。

無表情だ。

ちょっとびっくりした顔や焦った顔は見たことがあるけど、ほんの少し表情が変わったくらいで、表情の変化に乏しい人だと思う。

笑った顔は、まだ見たことがない。広海くんはよく笑っていたし、持ってきた写真の中でも笑っている。

私は繋いでいた自分の右手を広げて、見つめた。子供の頃に広海くんと手を繋いだことがある。その時の手は柔らかくて温かかった。

さっきの手も同じように温かかったけど、ゴツゴツしていたし、私よりも大きかった。前を歩く背中ももちろん大きい。細身だけど、肩はガッシリしている。

本当に大人になったんだ。それだけ私たちが離れていた時間は長い。


「池永くん、おはよう。今日は珍しくのんびりだね」

池永さんがデスクにつくとすぐに課長がやって来た。

「すみません、寝坊してしまって」

「それもまた珍しいね。でも、遅刻になっていないから気にしなくていいよ。それよりさ、昨日送ってくれたメールに添付されていた報告書を見たんだけどね。ちょっと来てくれる?」
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