包み愛~あなたの胸で眠らせて~
四十代前半と思われる長谷川課長は、中肉中背で優しそうな顔立ちをしている。話し方も柔和で顔合わせした時にも安心感を覚えた。

私の業務は課長からの指示が主となる。

課長からひとつのファイルを渡される。昨日までここに勤務していた派遣社員から預かっている引継ぎ書だという。引継ぎ書が用意されていることは、派遣元の担当社員からも聞いていた。

私も同じように昨日まで勤務した会社に作成した引継ぎ書を渡してきた。これは派遣会社でのルールとなっている。

「九時になったら朝礼をしますので、それまでこちらに目を通していてください。あ、朝礼の時に紹介しますので、ひと言挨拶をお願いしますね」

「はい、分かりました」

課長が自分のデスクに戻っていったのを見届けてから、渡されたファイルを開く。

出社してくる人が増え、あちこちから「おはよう」といった朝の挨拶が耳に届いた。ファイルを見てはいるが、頭の中ではひと言という挨拶の言葉をリピートさせていた。

一般的な挨拶をすれば大丈夫。

声だけはハッキリと出そう。

人前に出ることが苦手な私は、人の視線が自分に注目するのを快く思わない。挨拶なんてしなくてもいいのにと思うが、社会人と基本な挨拶を避けることはできなかった。
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