不器用な殉愛
「まさか。ただ、やるべきことがあれば、ディアヌもあまり悩まないで済むだろう。考えすぎるところがあるから」
母親の記憶はほとんど残っておらず、父親は稀代の悪人だ。ともすれば、引きこもりがちな彼女に、「自分でもできることがある」と思わせておくのは心の安定のために必要だろう。
「……そう、そういうことなのね」
その言葉に、ジゼルは二度、うなずいた。
「……ディアヌ様を、お願いします」
——どうやら、お互い大切なものは同じらしい。
「いけない。いつまでもここにいる場合じゃなかったわ」
ばたばたと籠を抱えてジゼルが奥へと入っていく。彼女と入れ替わるようにして、ノエルが戻ってきた。
「このまま、見回りに行く」
「ルディガー様、俺は反対ですよ。あんな——いや、ディアヌ様個人に文句があるというわけではなくて——あの人の血が」
「身体に流れている血がなんだって言うんだ。あいつは、何も悪くないんだぞ」
「それは、俺だってわかっていますよ。あの人の心は、いつ折れてしまってもおかしくない。ただ、それを支えるのがなぜ、あなたでなければいけないのかと、そう思っているだけです」
「——そんなの、どうでもいいだろ」
ノエルには、きっとわからないし、わかれというのも傲慢だろう。
家族をうしない、国を失い、自分の命も失われるかと思ったその時。差し出された一切れのパンに、満たされたのは空腹だけではなかった。
「約束したんだ——、いつか、力になってやると」
死んだ亭主の剣だとあの時放り投げられた剣は、今でも彼の手元にある。手放すなんてできなかった。