不器用な殉愛

 あの夜のことを思い出す。コルセットの中に絵図を縫い込み、夜の闇に紛れて会いに行った。ただ、自室で戦が終わるのを待っていることしかできなかったというのに。

「あなたが、南の守りを崩さなかったら、きっともっと多くの被害が出ていたでしょう。私は何も……自分の手を汚すことさえ、していませんから」

 修道院にいた頃、自分の身くらいは守れるようにと剣を練習させられた。あまりにも上達せず、本当に最後の切り札としてしか使えないだろうけれど。

 この城に戻ってきてからも、折に触れてジゼルに稽古をつけてもらってはいるが、これ以上の上達は見込めないだろうと思っている。

 もし——父と渡り合うだけの腕を持っていたならば、自分の手で、父をこの世から葬り去った。

「だが、あなたは悪名を受け入れている」

「家族を売った女だと言われるのを受け入れるくらいしかできません。そのくらいのことを受け入れられないのであれば、最初から家族を売るべきではないでしょう?」

 くすりと笑えば、侯爵も少しだけ表情を柔らかくした。

 きっと、母はこの人のこんな表情を幾度も見ていたのだろう。母とこの人の間に、どんな心の交流があったのか今は知るすべはないけれど。

「私とあなたは——こう申し上げるのは失礼ですが、少し、似ていますね」

「そうですね。私も、そう思います。でも、あなたの汚名はいつかそそぐことができるでしょう」

 もし、ジュールをとらえることができたなら。そして、その時にヒューゲル侯爵が手柄を立てたなら。それを二人ともわかっていたけれど、それ以上は口にしなかった。

 
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