不器用な殉愛

「一息に、お願いできますか?」

 胸の前で組み合わせた手が震えている。一息にと告げた声もまた震えているのがわかってしまった。

「……あなた個人には恨みはないんです。ブランシュ様の忘れ形見であるのも……本当のことだ」

 その言葉には首を横に振った。母の娘であることも否定しないが、それ以上に父の血がもたらす悪影響の方が大きいのだ。

 一歩、一歩、彼が近づいてくる気配がする。ごくりと息をのんで、『その時』が来るのを待った。

 背後でぴたりと足音が止まる。

 ——愛していた。愛している、今も。

 直接、言葉で告げたことはなかった。告げないまま、この想いは抱えていく。

 静かにその時を待ち構えていたら、ばたんと大きく音を立てて扉が開かれ、思わず肩越しにふり返った。

「ヒューゲル侯爵、それでは困る。あなたのただ一人の姪がいなくなってしまうぞ」

「ただ、一人の姪……?」

 声を上げたのはルディガーだった。彼は、静かに歩み寄ってくると、侯爵の手から短剣を取り上げる。そして、ディアヌに手を貸して立たせてくれた。

「あの、ルディガーただ一人の姪って……?」

 ヒューゲル侯爵はトレドリオ王家に仕えていた貴族。ディアヌとは血のつながりはないはずだ。

「あなたは、トレドリオ王家の——最後の王の弟だろう。妾腹の」

「なぜ、それを」

 そう問いかける侯爵の声はかすれていた。取り上げられた短剣から離れない彼の目の前で、ルディガーはそれを懐におさめる。
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