不器用な殉愛
 ——昨日は、眠ることができなかった。

 結婚式を終えた後も、それから後も——緊張でいっぱいだった。それから、部屋までルディガーが来て。

 ディアヌは、自分の唇を指でなぞってみる。昨夜、そこにルディガーの指が触れた。それ以上の行為はなかったけれど、それでも胸が締め付けられるような気がする。

 そこにささやかな幸せを見出してしまい、そこに全力で縋りつこうとしている自分を愚かしいと思った。

「……姫様……いえ、王妃様」

 一人しかいない寝室に、ジゼルが入ってくる。彼女も、昨夜はあまりよく眠れなかったのだろう。目の下に疲労の色が浮かんでいた。

 自分で今日身に着けるドレスを洋服箪笥から出し、ディアヌはなんとも表現しがたい笑みを浮かべる。

「その呼び方もおかしいわね。いえ、正しいのだけれど——今後は、名前で呼んで。よく考えたら、『ディアヌ』の名を伏せておかねばならなかったのは、ラマティーヌ修道院にいた間だけだもの」

 修道院にいる間は、マクシムの娘がいるということを伏せるためにもディアヌの名はなるべく口にしないようにしていた。

 城に戻ってきた後は隠すまでもなかったのだが、ジゼルはそのまま修道院時代の呼び方を続けていたのである。

「姫様——いえ、ディアヌ様。今日は何をなさいますか」

「装備の準備かしらね。数日後には、お父様とお異母兄様が処刑されるのでしょう——私くらいは、お祈りをしないとね」

 今さら、処刑をひっくり返すことができるとは思わない。ルディガーは落とした首については、晒しものにするつもりはないと言ってくれた。
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