不器用な殉愛
 生まれ落ちたその瞬間、母から与えられたのはおそらく憎しみだけだっただろうから。

「憎いとは思わないんですか。あなたの父上を殺した男の娘ですよ」

 ノエルに言われて、不意にそのことに思いいたる。言われるまで、まったく考えてもいなかった。

「——気づいてなかった……」

「意外と馬鹿ですね、あなたも」

「言うな。ただ、物心つくまえからあそこで暮らしていて、父親の記憶もほとんどないみたいだからな。そんな相手に憎しみをぶつけてもしかたないだろう。まだ子供だぞ」

「皆がそう思ってくれればいいんですけどね。そうもいかないでしょう」

 ノエルの言いたいこともわかる。マクシムに対する感情が、そのまま幼い娘に向けられるのも十分想定内だ。

 ——だが。

 別れ際にクラーラ院長は、覚えていたらと言っていた。忘れるはずなんてない——あの時、パンを差し出してくれたのは、まだ六歳の少女だったのだから。

「……その前に、俺がマクシムを倒さねばならないしな——まずは、この城の守りをかためるところから始める」

「そこは父が動くと思います」

「まかせる」

 生き残った仲間達と、少しだけ先の未来を見据える。それが、今、ルディガーにできる精一杯だった。
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