恋雨
チャンス
「佐々木さんが図書当番だったんだ」

差し出された本は返却期間を二週間も過ぎていた。

あれほど小澤くんが一人になるのを狙っていたというのに、こんなにあっさりと目の前に小澤くんか一人で現れるとは思っていなかった。

チャンスだ!

『この間は傘に入れてくれてありがとう!』

たった一言を口にするだけでいい。

そう思うのに小澤くんの出現は唐突すぎた。

心の準備が出来ていない時の突然のフェイントに私は意味もなくヘラヘラしながら小澤くんから差し出された本を受け取った。

手が震えているような気がする。

「あ、あの、か……傘」

思ったように口も動かず口ごもってしまった自分に我ながら呆れる思いがする。

「え、何？」

案の定、小澤くんは私が何を言おうとしているのか分からないといった様子で私を見つめていた。

ハズカシイ。

どうしよう。

「この間はありがとう!」

やっと口にしたお礼の言葉に小澤くんは訳が分からないといった様子で「何が？」も首をかしげた。

ドキドキする。口から心臓が出てしまいそう。

「だ、だから……傘」

「ああ、この間のこと？」
「う、うん」

私が口にする言葉は、まるで日本語が不自由な外国人のようだ。
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