恋雨
ありがとうと言えたなら…
ありがとう

その一言を伝えるのがこんなに難しい事だという事を初めて知った。

あれから三日経った今でも私は小澤くんにお礼の一言も言えないでいた。

まず小澤くんが一人になる事がない。

いつも誰かしらも一緒にいる事が多く、やっと一人になったと思っても私が友達と一緒にいたりするのだ。

友達の前でも堂々も話せば良い。

そう思わないでもないが、何となく恥ずかしくて実行に移すことが出来なかった。

からかわれて「そんなじゃない!」と懸命に否定する自分の姿が見えるようだ。

ならば礼など言うことない。

たかが傘に入れてもらった事ぐらいほんの些細な事だ。

小澤くんだって三日も経ってしまった今では忘れてしまっているんじゃないのか?

私の心の中でそう囁く部分もあった。

それなのに簡単に割り切る事さえ出来なかった。

自分でも不思議なのだが、私は小澤くんにお礼を言いたいらしい。

このまま何もなかったことにするのは嫌だと私自身が思っている。

この矛盾だらけの感情は何だろう?

自分でもよく分からないまま、いたずらに時間だけが過ぎていく。

ところが、あれだけ自分から何とかしたいと思っていた時はどうにもならないというのに、もう無理だと諦めた頃、チャンスは訪れたのだ。
< 9 / 20 >

この作品をシェア

pagetop